渡辺信夫氏講演会(2):自分をだまし、意味のない死を意味ある死にしてきた

2014年7月2日16時43分 記者 : 行本尚史 印刷

渡辺氏は戦時中に訓練を経て二等水兵になった時に、認識票というものをもらった。横須賀の徴兵として水兵に入った者ということで、認識票には「横」「徴」「水」と記され、その後に数字が並んでいた。それは、渡辺氏によると、「戦争で肉体が壊れてしまい、顔が壊れてしまっても、認識票を身につけておけば、これが何の何某(なにがし)かということがわかる。そのためのものだ」という。

これに関連して、渡辺氏は、1980年代にインドネシアの西パプア(2007年に西イリアンジャヤ州から改名)に教会の用事で何度も行くことがあったことに触れた。「その際に、西パプアのビアク島で日本軍が全滅した時の認識票がいっぱい残っていたのを見て、何とも言えない気持ちになった」という。

海軍一般兵科の予備学生として、レーダーの前身である電探(ラディオロケーター)という兵器を扱うために電測を専攻していた渡辺氏は、1944年12月に少尉に任官され、翌年の1月15日に敷設艇「怒和島」に便乗し、沖縄へ行った。

翌朝、鹿児島湾を出て、その甲板からうっとりするほど静かで美しい眺めが見えた時、渡辺氏はハッとした。「私はこれまで艦艇に乗って電探をやっていたが、海の中で最期を迎えることになるのであろうという予想はつけていた。私が最後を迎えるならば、こういう情景の中で死んでいくんだということを考えた」という。

それは「魚雷が向こうから発射されてこちらの船に激突してこちらの船が沈む場合」で、レーダーがなかったために直前に方向を変えることができず、気が付いたときにはすでに遅く、船が沈むケースが非常に多かったという。そして、潜水艦によって攻撃されるときには、同時にいくつかの潜水艦が目標に向けて魚雷を発射している場面が多く、船団がそっくり全滅することが実際にあったという。

「そういうふうにして結局みんな死んでいく。あとは浮遊死体になって(黒潮で)流れていく。こういうふうにして自分の死体も流れていくんだということを思った」と、渡辺氏は語った。

「船が沈むと、戦死者が出たことが発表される。『何月何日に渡辺少尉は南方洋上で壮烈な戦死を遂げた』という文面ができるはず。そういうものなのだということを想像した時に、私はびっくりした。壮烈でも何でもない。本当に気の毒な、目も当てられない、惨めな死に方をするわけだ。そういう死に方をする人のことを、『壮烈な戦死を遂げた』というふうに発表する。これはもう我慢ならんことだと思った」

「その人々の死の一つ一つについて私が想像したのと同じような作り話、作文が書かれているに過ぎないんだということに思い当たった」と渡辺氏は述べた。

「そんなことは海の上まで出てそこで考えて思いつくというのは鈍すぎると言われるだろう。その通りだと思う。ちゃんと頭が働くならば、もっと前からちゃんと予想がついたわけだ。予想ができるにもかかわらず予想をしないように自分を言いくるめていた自分があるわけだ。自分で自分をだまして、意味のない戦争であるのに意味のある戦死をするんだというふうに意義付けて、それで納得するということをやってきた」と、渡辺氏は自らを振り返って言った。そしてさらにこう続けた。

「そこで自分がだまされていたということを言うことはできなくはないが、私の場合はもっときちんと言うならば、自分で自分をだましたわけだ。だから、だました人はけしからんというふうに私としては言えない。自分で自分をだまして、意味のない死であるにもかかわらず、意味のない死を意味のあるものであるかのように自分をだました」

このように意義付けることができないとすることに関して、渡辺氏は、戦時中の自身と日本の教会についてこう述べた。

「自分で自分をだまして、意味のない死であるにもかかわらず、意味があるかのようにだました。自分はそれまでずっとクリスチャンとして生きてきたわけだが、クリスチャンとして恥ずかしくない死に方をするんだということは自分に言い聞かせてきた。だから恥ずかしいような振る舞いはしないつもりで生きていたのだが、クリスチャンだから立派な生き方をしたんだと言えるのかというと、そうじゃないということに気が付いた」

「つまり、意味のない死に方をするのに、意味のない死に方を意味あるもののように自分をごまかす理屈はどこから出てきたかというと、それはキリスト教の教えなのだ。『人がその友のために命を捨てる。これより大いなる愛はない』(ヨハネ15:13)というのを、私たちは子どものころから教えられたが、戦争の時に日本の教会がこれを曲げて解釈していた」と、渡辺氏は講演の中で語った。

その解釈について、元アジア・カルヴァン学会会長の神学者で現在も無任所教師として伝道に奉仕している渡辺氏は、こう語った。「『人がその友のために命を捨てる』というのは誰が死ぬことを言っているのかというと、これはイエス・キリストがご自身の死について言っておられることだ。キリストが私のために死んでくださったということが基本なのだ。その基本をきちんとおさえたならば、私たちも友のために犠牲になるべきだという線が出てくる。だが、あくまでキリストが私のために死んでくださったということが基本であるということがはっきりしていなければならない。ところが、日本の国で人がその友のために命を捨てる、これがこれ以上ない愛なのだということを教会の牧師が言っている時に、キリストの死ということは棚上げしてしまって、われわれが日本人である同胞のために犠牲になる、それが愛なのだとすり替えられた」

「そういうすり替えが教会でなされて、そのすり替えに私自身が乗っかってしまった。だから自分は意味のある死に方をすることができるのだというふうに自分のやることを意味づけて自己満足していた。これが全く愚かなことであるということに気が付いた」と渡辺氏は告白した。「意味のない死に方を意味あるものであるかのように偽って言うことはしてはならないと思った」

「無意味な戦争だからこの戦争は即刻止めてやめてしまわなければならないと発言したかというと、それはしなかった。しなかったことについて反省の余地はあると思う」と渡辺氏は自らを振り返って言った。「その時は前線に出るとみんな自分が助かることだけでなくて自分と同時に同じところに入る人たちの身の危険を守ってあげなければならない。だから自分は戦争反対だから戦争協力はしないんだといって手を抜いてしまったならば、隣の人を保護することができなくなる危険がある。だから、戦争反対であっても、戦争の中での職務が与えられている以上、その職務はちゃんと果たしていかなければならないと考えた。したがって、戦争反対というような発言もしなければ行動もしないで、敗戦の時を待った」

敗戦後、渡辺氏は、戦争反対ということを大っぴらに言うことができ、また言わなければならないと考えたという。(続く:沖縄での経験、目の前で死んでいった15歳の少年兵

■ 渡辺信夫氏講演会:(1)(2)(3)(4)

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