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ジョン・バンヤンの生涯

天国への旅―ジョン・バンヤンの生涯(7)荒野を照らす光

2023年4月5日20時06分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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天国への旅―ジョン・バンヤンの生涯(1)鋳掛屋の子+
ジョン・バンヤン(1628〜88)の肖像画(英国立肖像画美術館所蔵)

戦争が終わり、実家に帰ってきたバンヤンを、父親は両手を広げて迎え入れた。何かと行き違いのあった義母も、今は戦役を終えた彼の労をねぎらい、いたわってくれるのだった。

バンヤンは、戦争に行く前と後とでは、自分の置かれた立場が全く違っていることに気付き、不思議に思うのだった。彼はまた以前のように鋳掛屋の仕事に身を入れ、朝から晩まで汗水垂らして働いたので、商売は繁盛するようになった。そして父親は、そろそろ息子を独立させ、別の店を持たせてやろうかと考えていた。

そんなある日のことであった。見るからに貧しい身なりの女性が、底が抜けた鍋を抱えて店にやって来た。

「あの・・・こんなにひどくなってしまった鍋なんですけど、父の形見なので、何とか修理していただけないでしょうか」

彼女は遠慮がちに言った。バンヤンは鍋を手に取って調べてから、底に鉄板を当てて鋳造すれば何とかなると思った。

「大丈夫ですよ。お預かりしましょう」。そう言うと、この女性はうれしそうに顔を輝かせて礼を言い、帰って行った。住所を聞くと、すぐ近くの2つ目の路地裏に住んでいることが分かった。

バンヤンはその2日後、見事に修理を終えた鍋を届けに彼女の家を訪れた。その家は古く、屋根は傾いていたが、中はきちんと整頓されていた。彼女は鍋を手に取ると、顔を輝かせて言った。

「まあ、前よりもっと良くなっているわ」。そして修理代を払ってから礼を述べ、わざわざ来てくれたのだから熱いお茶でも――と言うのだった。バンヤンは断って帰ろうとしたが、その女性の爽やかな笑顔になぜか心の中が明るくなるのを覚え、その好意を受けることにした。

彼女は両親を亡くして一人でこの古い家に住んでいた。父親が残したわずかな資産で細々と暮らしていたが、生活が苦しくなると近所から縫い物を引き受けて内職をしているのだという。

いつの間にか2人は身の上話を始め、気が付くと夕暮れ時になっていた。「またお寄りしてもいいですか」。そう言うと、彼女はにっこり笑ってうなずいた。そして自分はマーサという名前であることを告げた。

バンヤンはその時、暗い荒野を旅しているとポツンと行く手にともしびを見いだしたような――そんな気がして、足取りも軽く店に戻ったのだった。

2人はその後たびたびこの家で語り合ううちに、しっくりと気持ちが合い、互いがそれぞれなくてはならない存在となった。そしてある日、バンヤンは彼女に結婚の申し込みをした。

父のトマス・バンヤンはそろそろ息子に世帯を持たせてやりたいと思っていたので、このエルストウに住む職人仲間が亡くなり、そこが空き家になっているのを買い取って彼に与えた。バンヤンはそこで新しく店を開き、同時にマーサと結婚したのだった。1648年春のことである。

マーサはほんのわずかな台所道具しか持たずに嫁いできた。しかし、彼女は何よりも素晴らしい宝を持ってきたのだった。それは2冊の本で、1冊はアーサー・デントの『誰でも天国に行ける道』、もう1冊はルイス・ベイリの『敬虔の実践』だった。

貧しく、学問のないこの女性が、なぜこんな立派な本を持っているのだろうか――とバンヤンは不思議に思った。

「私の父は学問もなく、平凡な人間でしたが、信仰があつく、こうしたキリスト教書をよく読んでいました」。マーサは言った。「これは父の形見なんです」

貧しくても、このような教養のある女性と出会えたことに、バンヤンは感謝せずにいられなかった。

マーサはもう一つ宝を持っていた。それは料理上手――ということだった。彼女はどんな粗末な材料を使っても、素晴らしくおいしい料理を作ることができた。特に彼女の手作りの菓子パンは絶品で、店に来る客などにもふるまわれることがあり、大変好評だった。

夜店を閉めてから、夫婦は食後のお茶を楽しんだ後、互いに寄り添うようにして、マーサが携えてきた『誰でも天国に行ける道』という書物を読んだ。ほとんど正規の教育を受けたことがなく、この年になってもまだ読み書きが満足にできないバンヤンも、彼女に手を取られるようにして文字をたどるうちに、この書物を読み通すことができるようになった。

「マーサ、本当に誰でも天国に行けると思うかい?」バンヤンが妻に尋ねると、彼女はその温かい手で彼の手を包み込んで答えた。「私の父は、きっと全ての人が天国に入れる日が来るとよく言っていましたわ」

*

<あとがき>

バンヤンの新しい人生は、結婚から始まります。ある日、店に鍋の修理を頼みに来た女性に心引かれ、共感したバンヤンは彼女にプロポーズします。貧しく、教養もないマーサというこの女性は、台所道具と、亡き父親の形見だという2冊の本だけを持って嫁いできました。

その1冊がアーサー・デント著『誰でも天国に行ける道』だったのです。ほとんど正規の教育を受けたことがなく、またずっと働きづめだったバンヤンは、この頃になってもまともに読み書きすらできなかったといわれています。

その彼が、妻に手を取られるようにしてこの書を読み通すことができ、やがてそれによってイエス・キリストの救いを信じる信仰へと導かれたのでした。

「私の父は、きっと全ての人が天国に入れる日が来ると言っていましたわ」という妻の言葉は、その後のバンヤンの信仰と、あの名著『天路歴程』を書かせる力となったのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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