京大式・聖書ギリシャ語入門(13)「ギリシャ語は生きている」―現代ギリシャ語の発音について(2)―

2019年8月6日16時17分 印刷
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ギリシャ語の聖書と祈祷書(写真:Rolf Venema)※ 写真はイメージです。

皆さん、こんにちは。京大式・聖書ギリシャ語入門を担当させていただいております、宮川創、福田耕佑です。前回紹介した現代式のギリシャ文字の発音はいかがだったでしょうか。2つも発音の体系が並んでしまい、ややこしかったかもしれません。しかし、どうしても古典式の発音をしなければならないということもなければ、必ず現代式の発音をしなければならないということもありません。私のギリシャ人の友人は、ドイツに留学してギリシャ古典を学んでいますが、周りのドイツ人たちが、ドイツ風の古典式の発音をしている中で、自分一人だけが現代式のギリシャ語の発音を使っているそうですが、何の問題も起こったことがないとのことです。(その友人自身は、冗談で自分以外全員が発音を間違っているとか何とか言っていますが・・・)

本講座を通して、読者の皆様の聖書ギリシャ語読解の助けとなることを目指すとともに、さまざまな角度から「ギリシャ語」というものを続けて紹介できればと思います。今回は前回に続き、現代式のギリシャ文字の発音を紹介していきますが、初めに前回の復習をし、その後、複合母音と複合子音の発音の仕方について紹介したいと思います。

■ ギリシャ文字のアルファベットの解説

まずは前回の復習からしていきましょう。

* ギリシャ文字のアルファベットと現代式の音価

文字 音価(現代式)
Α, α a 日本語の「ア」とほぼ同じ。
Β, β v 英語の v、ロシア語の в に当たる。「バ行」(b)ではないので注意!
Γ, γ ɣ, j ア、オ、ウの前ではスペイン語の pagar のような柔らかい g の音。イ、エの音の前では英語の yes の y の音のように発音する。
Δ, δ ð 英語の that や these の th の音。「ダ行」(d)ではないので注意!
Ε, ε e 日本語の「エ」にほぼ同じ。
Ζ, ζ z 日本語の「ザ行」にほぼ同じ。
Η, η i 日本語の「イ」にほぼ同じ。長音の「エー」ではないので注意!
Θ, θ θ 英語の th に相当。
Ι, ι i 日本語の「イ」にほぼ同じ。η と ι は同じ「イ」の音になる!
Κ, κ k 日本語の「カ行」にほぼ同じ。
Λ, λ l 英語の l のように舌を前歯に当てて発音。
Μ, μ m 日本語の「マ行」にほぼ同じ。
Ν, ν n 日本語の「ナ行」とほぼ同じ。
 Ξ, ξ ks 英語の x と同じ「クス」のような音。
Ο, ο o 日本語の「オ」とほぼ同じ。ο と ω は同じ「オ」で発音に区別なし!
Π, π p 日本語の「パ行」とほぼ同じ。
Ρ, ρ r 日本語の「ラ行」に似ているが巻き舌で発音。
Σ, σ, ς s 日本語の「サ行」にほぼ同じ。ς は語末のみで使用。
Τ, τ t 日本語の「タ行」とほぼ同じ。
Υ, υ i 日本語の「イ」にほぼ同じ。η と ι と υ は同じ「イ」の音になる!
Φ, φ f 英語の f に相当。
Χ, χ ch, h ドイツ語の Bach(バッハ)の ch やロシア語の х ように、喉の奥を擦るような音。また日本語の「ハ行」(h)でも代用可。
Ψ, ψ ps 「プス」という発音にほぼ同じ。
Ω, ω o 日本語の「オ」とほぼ同じ。ο と ω は同じ「オ」で発音に区別なし!

アクセントに関しては、①鋭(´)、②重(`)、③曲(῀)の3種類のアクセントをすべて一様に英語のように強勢を込めて発音します。また、現代ギリシャ語では、気息記号はすべて無視して発音します。ですので、 は古典式の発音では「ハ」となりますが、現代式では  も  も両方とも「ア」と発音します。

■ 複合母音と複合子音、そしてその他の発音規則

ここから複合母音と複合子音の紹介をしていきます。ここが古典式のギリシャ語の発音と最も異なるところで、またこの組み合わせを覚えるのが現代式の発音学習の肝になります。まずは母音から見ていきましょう。

* 複合母音について

大雑把に分けると、基本的に母音は /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ の5つです。簡単ですね(笑)。ですが、問題なのは、/a/ 以外の母音では、まったく同じ母音でも複数の書き方が存在するということです。

① /a/・・・α
② /i/・・・η, ι, υ, ει, οι
③ /u/・・・ου
④ /e/・・・ε, αι
⑤ /o/・・・ο, ω

① /a/ について

こちらは α だけですので、簡単です。長短の区別もなく、アクセントが来たときだけ、英語などのように強く強勢を込めて発音すれば大丈夫です。

② /i/ について

これが最も難関です。私も初めに学んだときは、「何で同じ『イ』の発音をする文字が5個もあんねん」と半ば腹を立てたものです(笑)。「ほんまにこれで通じんのか」と。ですが、安心してください。通じます(笑)。少々解説します。

まず、前回の復習にもなりますが、短母音の η, ι, υ の3つは、それぞれまったく同じ「イ」の発音になります。ですので、ἀμήν(アーメーン; ᾱ̓μήν)の発音は「アン」になるのでした。

次に複合母音ですが、ει, οι との2つの複合母音が、「エイ」や「オイ」ではなく両方とも「イ」という発音に変わります。これが極めて重要で、なかなか覚えられない規則です。例を見てみましょう。

Ἐιρήνη(イニ) 平和
βάρβαροιヴァヴァリ) 野蛮人・バルバロイ

これは分かりやすい例かと思います。古典式ですと、Ἐιρήνη は「エイレーネー」といった具合になりますが、現代式では ει も η も発音が「イ」になりますので、「イニ」と発音します。そしてギリシャにはこのつづりで、「イリニ」さんというお名前の人がたくさんいらっしゃいます。また、βάρβαροι も高校の世界史で学んだカタカナ表記とは少々距離がありますよね。β の発音が「バ行」ではなく英語の v の発音であることに加え、οι が「オイ」ではなく「イ」になりますので、このような「ヴァヴァリ」という発音になります。ただし、εϊ のように、ι の上に点が2つ付いて ϊ になると、「イ」ではなく「エイ」と発音します。

③ /u/ について

ου で日本語の「ウ」よりも口を尖らせて発音する「ウ」であるというのは、古典式の発音と同じです。またフランス語でも ou で口を尖らせた「ウ」に近い発音をしますので、これは覚えやすいと思います。

④ /e/ について

ε と αι の2つが「エ」の発音に当たるものになります。αι が「エ」になるのは、フランス語で ai を「エ」に近い音で発音する現象に似ています。またここでも、αϊ のように、ι の上に点が2つ付いて ϊ になると、「エ」ではなく「アイ」と発音します。

⑤ /o/ について

古典式の発音でも長さの区別を別にすれば、「オ」の発音に当たるものに、ο と ω がありました。これらは古典式に発音すればそれぞれ「オ」と「オー」で区別しましたが、現代式ではどちらもまったく発音を区別しない「オ」です。

母音の規則は以上です。大雑把な説明になりましたが、以上の点をつかんでいただければ十分で、ここで学んだ発音でギリシャ語を発音すれば、ギリシャ人に通じます!(古典式の発音で発音しても、残念ながら今のギリシャ人には通じません) 「イ」の発音のパターンが5つもあって煩雑ですが、それ以外は比較的単純ではないかと思います。

* 複合子音について

こちらも複合母音で見たように、まず一覧の形でご覧いただきましょう。

① /b/・・・μπ
② /d, nd/・・・ντ
③ /g, ŋg /・・・γκ
④ /ŋg/・・・γγ
⑤ /t͡s/・・・τσ
⑥ /d͡z/・・・τζ

① /b, mb/ について

β の発音がキリル文字の в ように、英語の v であることから、現代ギリシャ語では「バ行」はどのように表記するのだろう?と思っていた読者の皆様! お待たせしました。b のアルファベットに当たるものは、まさかの μπ で2文字を使って表します。

例を挙げると、

Ιτό Χιρομπούμι(イ・ヒロミ) 伊藤博文
Μπουτάν(ブン) ブータン

となります。これも初見では極めて見慣れない形であることは間違いありません。

② /d, nd/ について

上で見た「バ行」を表す μπ と同じように、現代ギリシャ語には「ダ行」を表す文字がありません。δ は現代語では、英語の they の th [ð] と同じ発音ですので、「ダ行」を表すために ντ を使います。以下に用例を紹介します。

Λεονάρντο ντα Βίντσι(レオド・ダ・ヴィンチ) レオナルド・ダ・ヴィンチ
Φιόντορ Ντοστογιέφσκι(フィ・ドイェフスキ) フョードル・ドストエフスキー

特にドストエフスキーの名前は大文字で Ντ から始まりますが、慣れないと「ダ行」にはなかなか見えません。また ντα Βίντσι(ダ・ヴィンチ)の τσι(チ)については、後程紹介致します。

③ /g, ŋg / について

また、現代ギリシャ語には「ガ行」を表す文字がありませんので、γκ を使って表します。

Γιόγκαガ) ヨガ
Βίνσεντ βαν Γκογκヴィンセントゥ・ヴァン・ゴ) フィンセント・ファン・ゴッホ

「ヨガ」に関しても前回見たように、「ギオガ」にはなりませんので注意してください。

④ /ŋg/ について

この γγ は、文中にしか現れず、「ング」のような音を表します。

Αγγλία(アンア) イギリス、イングランド

⑤ /t͡s/ について

音声学的に t͡s は、無声歯茎破擦音 [t͡s]、もしくは無声後部歯茎破擦音 [t͡ʃ] を表します。[t͡ʃ] は先ほど ② で見た ντα Βίντσι(ダ・ヴィンチ)の τσι(チ)です。τσ は福田が聞いた感じでは、人によって「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」の音や、「ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ」の音を表しています。かなり発音に個人差があるな、と思っています。

Ότσουツ) 大津
Πιοτρ Τσαϊκόφσκι(ピョトル・チャイフスキ) ピョートル・チャイコフスキー

チャイコフスキーの名前の αϊ についてですが、αι は本来「エ」と読まなければなりませんが、αϊ の ϊ のように ι の上に2つの点が付くと、ϊ を単独で本来の「イ」の音で発音します。ですので、αϊ と書いて「アイ」と読ませます。

⑥ /d͡z/ について

最後に τζ にまいりましょう。d͡z は音声学的には有声歯茎破擦音 [d͡z]、有声後部歯茎破擦音 [d͡ʒ]、有声後部歯茎摩擦音 [ʒ] になることができます。多くの場合、有声後部歯茎摩擦音 [ʒ]、もしくは有声後部歯茎破擦音 [d͡ʒ] で、「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」のような音を表しています。

Μουν Τζε-ιν(ムン・ジェ・イン) ムン・ジェイン(文在寅)
Τζορτζ Μπέρναρντ Σω(ジョルジュルドゥ・ソ) ジョージ・バーナード・ショー

ジョージ・バーナード・ショーに至っては、名前の発音を知らないと読めないですね。また、日本語の「シャ・シュ・ショ」に当たる発音は存在せず、例えば「芸者」は Γκέϊσα と書きます。ここでも ει は本来「イ」と読みますが、εϊ の ϊ のように ι の上に2つの点が付くと、 ϊ を単独で本来の「イ」の音で発音します。ですので、εϊ と書いて「エイ」と読ませます。

ここまでの説明で、一般的な日本人の名前であれば書くことができます。試めしに書いてみましょう。

Μιγιακγάβα Σω(ミヤヴァ・ソ) 宮川創
Φουκούντα Κόσουκε(フダ・スケ) 福田耕佑

となります。「ヤ」の音は一般に για で、「ガ」は今回の講座で見た γκα を使います。また現代式の表記法では「ワ」の表記がないため、βα で代用することが多いです。

そして「創」には Σω を当てますが、現代ギリシャ語には先ほど申し上げた通り、「シャ・シュ・ショ」を書く手段がないため、代わりに σα, σου, σο を用いますが、ジョージ・バーナード・ショーの Σω と区別がつきません。これも元の発音とつづりを知らないと、まったく判断しようがありません。それに比べて福田の名前は単純ですね(笑)。

αυ と ευ の発音規則について

υ の文字は、単独では「イ」と発音されますが、αυ と ευ のように組み合わされることによって、その後ろに ① κ, π, τ, χ, φ, θ, σ, ξ, ψ が続く場合と、② 母音及び β, γ, δ, ζ, λ, μ, ν, ρ が続く場合で発音が異なります。

① の場合

αυ と ευ はそれぞれ /af/, /ef/ と発音されます。今回は聖書の単語や人名から見てみましょう。

αὐτὸς(ア) 彼、彼女、それが(古典式の発音では「アウトス」)
Εὔτιχοςティホ) エウティコ(使徒言行録20章9節)

それぞれ αυ と ευ の後に τ が来ていますので、υ の発音が「イ」ではなく f に変化します。αὐτὸς(ア)は聖書でもよく出てくる単語ですが、現代式だと f の発音が出てきますので注意が必要です。

② の場合

αυ と ευ はそれぞれ /av/, /ev/ と発音されるようになります。今回も聖書の単語や人名から見てみましょう。

Εὐνίκη(エキ) エウニケー(テモテへの手紙二1章5節)
εὐρακύλον(エろン) エウラキュロン(使徒言行録27章14節)

それぞれ αυ と ευ の後に ν と ρ が来ていますので、υ の発音が「イ」ではなく、v に変化します。

ここまでで、現代式の発音を大体すべて紹介しました。実際に現代のギリシャ人が現在、歴史上の人名をどのようにつづり、また聖書で見た人名がどのように発音されているのか、用例を少し挙げて紹介しました。紙面の都合で、実際に聖書本文を現代語風に音読したり、また中世以来のビザンツ聖歌や、ギリシャのプロテスタント教会で歌われているキリスト教音楽について話したりすることができませんでした。次回は、これらの話題も取り上げたいと考えています。ご期待ください!(続く)

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宮川創

宮川創(みやがわ・そう)

1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。

福田耕佑

福田耕佑(ふくだ・こうすけ)

1990年愛媛県生まれ。現在、京都大学大学院文学研究科現代文科学専攻博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論―『禁欲』を中心に―」『東方キリスト教世界研究』第1号など。

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