孤児の父―ハインリッヒ・ペスタロッチの生涯(7)ノイホーフの貧民学校

2019年5月15日11時59分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷

1773年には、10人近い子どもがノイホーフに収容された。これだけの子どもを養うのに、ペスタロッチ夫妻は自分たちもパンを口にできない日があった。後にペスタロッチは友人に手紙で書いている。

「私は、幾年もの間物乞いの子どもの中で生活しました。私は貧苦の中にあって、私のパンを彼らに分け与え、自分も物乞いのような生活をしたのです」

しかしながら、ペスタロッチは驚くべきことを発見した。子どもたちは、毎日じゃがいもやかぶのスープと固いパンという粗食の中にあっても、少しも健康を害すことがないばかりか、むしろ新しい環境の中で極めて元気に快活になってきたのである。

これは子どもの中に育った「安定感」のためであった。つまり、子どもが小さなうちから自分は守られている、大切にされているという信念を植えつけられ、共に生きてゆける人を見つけたなら、いかなる貧困も乗り越えられるということであった。この時、ペスタロッチは初めて「子どもの教育」という天職を神から授かったのであった。

彼は子どもたちに労働をすることを教えただけでなしに、宗教教育をほどこすためのカリキュラムも作り始めた。天には父なる神がおられること。そして、その子どもである人間は互いに兄弟なのだから、互いにいたわり合わなくてはならないという極めて単純な信仰心を、彼は幼い子どもたちの心に植えつけたのである。

さらに、こうした課程と並んで、毎日彼らに「読み・書き・計算」の勉強をさせた。こうしたことから、1774年末には、このイノホーフはいつの間にか「貧しい子どもたちに養育と労働を与える施設」として「イノホーフの貧民学校」と呼ばれるようになった。

しかしながら、この「貧民学校」が評判になり、ペスタロッチの名が知られるようになるにつれ、またしても貧困が家計を脅かした。ある日のこと、ペスタロッチは自分の家族のみならず、子どもたちに食べさせる一切れのパンもなくなってしまったことに気付いた。妻アンナも栄養失調のために乳が出なくなり、ヤーコブは火がついたように泣き続けた。はじめは我慢していた子どもたちも、「おなかがすいた」とぐずり始めた。

ペスタロッチは、子どもたちをなだめつつ、話を始めた。「昔、イエス様がまだ地上にいらっしゃったとき、やっぱりみんな生活に困っていてね、明日どうやって食べていったらいいだろうと悩んでいました。すると、イエス様はね、こう言われたんです。『空の鳥を見なさい。種をまくことも、刈ることも、蔵に入れることもできません。それでも天のお父様は彼らを養ってくださるのです』と。だから、天のお父様である神様にお祈りして助けを待つことにしましょう」

そして、ペスタロッチは大きな声で祈り、子どもたちはたどたどしい言葉でそれについて祈りを唱えるのだった。

――と、その時である。表に馬車が止まる音がしたかと思うと、一人の若い男が戸を叩いた。地方長官のニコラス・エマヌエル・チャルナーであった。何かとがめられるのかと、ペスタロッチは身を固くしたが、そうではなかった。

「ペスタロッチさん、あなたが貧しい家の子どもや、保護者のいない子どものために労しておられることを人づてに聞いています。何か私たちにお助けできることはありますか?」。チャルナーはこう言うのであった。

「それでは、長官。もし自治体が毎年何グルデンかの資金を貸付金として前払いしてくださったら、子どもたちに読み書きを教え、園芸、果樹栽培の基礎を身につけさせ、子どもたちの感情豊かな発達と教育のために、可能な限りのあらゆることをしてやれるのですが。どうか考慮願えないでしょうか?」

ペスタロッチがこう言うと、チャルナーはしばらく考えてから答えた。「助成金が下りるかどうかは審査の後でないと分かりません。でも、私は今一つの提案を持ってきました。ペスタロッチさん、あなた筆が立つでしょう? 私の友人であるバーゼルのイーザク・イーゼリンにあなたを紹介します。彼は『エフェメリデン』という雑誌の編集者です。何か書いて彼に送ってごらんなさい。きっと道が開けます」

それから、彼は2人の従者に手伝わせてパンや食料品の入った大きな袋を3つ、施設に運び込ませ、彼の手に何がしかの金の入った包みを渡して言った。「何か困ったことがあったら、言ってください」。そして、馬車に乗って去って行った。

<あとがき>

ペスタロッチ夫妻が、自分たちも貧困の中にありながら貧しい子どもを救済する事業を始めたということは、まさに一か八かの賭けのようなものでした。彼らは食うや食わずの暮らしの中で、社会のしわ寄せを受けている不幸な子どもたちをすべてイノホーフの施設に引き取り、食事を与え、社会に出たときに困らないように読み・書き・計算の知識を身につけさせたのです。

そんな時、ペスタロッチはあることに気付きました。それは、「心の安定」を得た子どもは、たとえ粗食しか与えられなくても、元気で生活することができる――ということでした。そこでペスタロッチは「宗教教育」を他の教育以上に重大視し、子どもに授けたのです。

その後、どん底の生活の中で夫妻と子どもたちが祈っていると、奇跡が起きました。地方長官が彼らの評判を聞き、わざわざ馬車でお金や物資を届けてくれたのです。神を信じてギリギリのところまで努力する者は必ず助けを得ることを、私たちは教えられます。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

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