経済破綻からの脱出の道 穂森幸一(125)

2019年2月21日16時07分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(1コリント10:13)

先日、モーニングセミナーで薩摩藩の財政改革を行った調所広郷(ずしょ・ひろさと)の7代目、調所一郎氏の講話を聞く機会がありました。もし調所広郷がいたら、どんな会社でも立ち直ることができると言われるほど、とても有用な改革者です。

調所広郷は、寛永元年、江戸時代後期に薩摩藩家老に取り立てられ、財政改革を行います。通称は調所笑左衛門(ずしょ・しょうざえもん)と呼ばれていたようです。

彼が家老になったとき、薩摩藩の借金は500万両になっていました。当時の金利は高くて、大名貸し枠で5パーセント、一般利息は10パーセントでした。薩摩藩は大名枠を越えて一般枠にも手を出していたため、金利だけで年間40万両になっていたといわれます。薩摩藩の実質の年収は13万両であったため、利息を払うこともできない経済破綻状態でした。

薩摩藩の借金が膨らんだ理由は外様大名であったため、徳川幕府から木曽川の治水工事など無理難題を要求されていたことや、徳川家への嫁入りのための費用が莫大(ばくだい)であったといわれます。当時は嫁に出す方が館を建てたりしなければならなかったそうです。また、参勤交代も負担が大きかったといわれます。

調所広郷が最初に行ったことは、お金を借りていた大阪の豪商たちとの交渉でした。彼は薩摩藩の武力を背景に脅迫して借金を踏み倒したといわれますが、あくまでも交渉により解決を図ったようです。今日で言うならば債務整理を行ったのです。どうしても借金が払えないときは、元本を3分の1にするとか、5分の1にする方法が国の支援によって実施されています。また専門家の助けを借りて10分の1に減額した例もあります。

調所広郷は利息をなくして元本を250年分割で払うことを提案し、受け入れられます。年間2万両払うことにします。実質13万両の年収ですから、2万両払っても何とか藩の運営ができると思ったのかもしれません。また、インフレ率も考慮に入れて支払いを先延ばしすれば、負担が軽くなるという考慮もあったようです。豪商から見れば、踏み倒されるよりはわずかでも払ってもらったほうがいいという考えだったのではないかと思います。

何とか一息ついた調所広郷は、薩摩藩で徹底した緊縮財政を実施します。そして、何とかしてお金を生み出さなければいけませんので、薩摩藩の黒砂糖、ウコン、櫨蝋(はぜろう)などをブランド化して売り出していきます。また、密貿易にも着手し、琉球を経由して中国や台湾と交易していました。漢方薬の原料などはほとんど薩摩藩の交易によって全国に広まっていったといわれます。

債務整理のために現金が使えないので物々交換で交易をしていたそうです。薩摩からは生糸、織物、金、スズなどを交易のために持って行ったといわれます。また、当時は物流が悪く、荷物が抜き取られたり、届かなかったりするのが当たり前といわれていましたので、自前の船を用意し、乗組員なども薩摩の人々を訓練して用いていたといわれます。物流の改善も薩摩藩の交易に貢献しました。

7代目の調所一郎氏が大阪の豪商の子孫に会う機会がありました。「その節は先祖がご迷惑を掛けました」と謝ったそうです。そうすると豪商の子孫は「迷惑なんてとんでもない。薩摩藩のおかげでもうけさしてもらいました。廃藩置県で薩摩藩がなくなったとき、先祖はとても残念がりました」と言われたそうです。実は、薩摩藩は密貿易で入手したものを、借金していた豪商に売りさばいてもらっていたのです。

調所広郷は財政改革により薩摩藩に200万両、今日の基準でいうならば、2千億円の貯えをしたといわれます。この貯えがなければ、島津斉彬(なりあきら)の改革もないし、西郷隆盛の活躍による明治維新もあり得なかったといわれます。財政改革の功労者でありながら密貿易の嫌疑を一身に引き受け、毒をあおって絶命します。調所家の取り潰しにより一家離散の悲哀になります。

調所広郷の三男、調所広丈は札幌農学校の初代校長になりますが、調所(ずしょ)と名乗らずに調所(ちょうしょ)と名乗っていたようです。明治期のキリスト教界で活躍したクリスチャンを輩出した札幌農学校にいたということは奇遇です。札幌県令、高知県知事、鳥取県知事、貴族院議員を歴任します。

調所広郷の財政改革は行き過ぎた面もあったでしょうし、黒砂糖のことでは奄美大島の人々に多大な迷惑を掛けました。しかし、財政破綻の藩を立て直した功績は小さくないと思います。売上不調により経営不振に陥っている中小企業の経営者は、調所広郷にヒントを見いだすことができると思います。

財務省の中にも調所広郷の財政改革を学んでいるグループがあるそうです。日本の国債は1千兆円だといわれます。支払い期限を延ばし、永久国債にすれば株券のような扱いになり、借金ではなく投資金になるといわれます。どんなに資金繰りで行き詰まっていても、必ず脱出の道はあります。

ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(2コリント12:10)

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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