世界自転車旅行記(14)ジョージアからアルメニアへ 木下滋雄

2015年10月5日16時53分 コラムニスト : 木下滋雄 印刷
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アルメニアはAD301年に世界で最初に、ジョージアは337年に2番目にキリスト教を国教とした国々である。

前回はアゼルバイジャンからジョージアへの話であったが、そのジョージアの首都トビリシを出発し、アルメニアへと向かった。この年僕が行った時期は天候不順で雨ばかりだと言われたが、この日も午前中は雨だった。アルメニアはアゼルバイジャンと現在は停戦中となっている話も書いたが、そのアルメニアには昼過ぎに入った。天気もよくなりスムーズにビザが買えて入国もでき、ほっとしていたのもつかの間、入国してしばらく走ったところで花の写真を撮っていると、車が止まってカメラをよこせと言う。昼間からこんなところで強盗か!?という思いが頭をよぎったが、その車が呼んだらしく軍人たちが来た。国境で写真を撮ってはいけないのはよく分かっているが、入国してからすでに10キロも走っている。花の写真を撮っていただけだと言ったが、とにかく軍に捕まってしまった。

連れて行かれた国境の軍の施設は遠くなく、その辺りで写真を撮っていたので怪しい人間だと思われたのだと分かった。英語の話せる人が一人来たので、カメラの画面を見せて説明する。この頃はすでにデジカメであったので何を撮ったか全部画面で見せることができたので、変なものを撮っていないというのは分かったはずだが、アルメニアで撮った写真をすべて削除させられた。ちょうどパスポートを切り替えたところであったので、真新しい中に戦争相手の敵国アゼルバイジャンのビザだけがあるということでいろいろと尋問され、軍の上層部の許可が出るまで2時間ほど拘束された。しかしフィルムカメラの時代だったら全部没収されていたかもしれないから、それでも良かったと思った。

この日はハフパッドという世界遺産の教会群のあるところまで行くつもりで、余裕があると思っていたが、思わぬ事で時間が取られてしまった。この国には歴史的な教会がたくさんあるが、首都エレバンまでのルート上にある教会群の3つを訪ねる予定で、そのうちのハフパッドとサナヒンは谷底にある幹線道路から、台地に350メートルほど上った近い町にある。谷底からの道を上り終わって町に着いた頃には、日が暮れていた。町には宿があるはずで尋ねたが、ジョージアでもそうだったように、ここでも宿は閉鎖されていた。だが、ガイドブックによると、民宿のように普通の家で泊めてくれるとあった。尋ねた家で、10ドルで泊めてもらうことにした。この国の物価にしてはちょっと高いかなと思ったが、晩餐に招待されてそれは違ったと思う豪華な食事だった。ウオッカのきついのにはまいったが、この家の人たちととても楽しい時間を過ごすことができた。夜は隣のサナヒンの街の灯が見えていた。

翌朝早くに教会に出かけてみた。この国のアルメニア正教は東方諸教会の一派でキリスト教を国教としたときから独自の歩みをしている。台地の草原に黒っぽい石を積み上げた教会や修道院跡が立ち並び、朝の光が差し込む礼拝堂は特に素晴らしい。

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丘の上に建つハフパッドの教会・修道院跡
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泊めていただいた家に戻って搾乳や鶏の様子を見せてもらい、朝食を頂いて出発。サナヒンは真横に見えていたが、いったん谷底に降りて、また上らなければならない。荷物を谷底のお店で預かってもらって、カメラだけ持って上る。修道院が街道から外れた不便な高台にあるのは、外国からの侵略を免れるためらしい。

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泊めていただいた家で

ここでは珍しく英語を流暢に話す中学生の女の子3人に出会い、いろいろと案内してもらった。サナヒンは原っぱに建ち並ぶハフパッドとは違い、お墓や木々の中にこけむした屋根を持つ教会が建って情緒ある感じだ。ハフパッドもそうだが、石造りのドーム、アーチ構造の礼拝堂、図書館があり、石柱や壁にはレリーフが施され、略奪を防ぐために図書を隠したりワインを貯蔵したりする床穴や、床に敷き詰められた石棺の上を歩く。12〜13世紀に建てられてから長い時間をかけてさまざまな建築様式が融合してきたのを感じる。案内してくれた女の子たちは、持ってきたろうそくに灯をともして祈り、私もクリスチャンと知って喜んで賛美歌を歌ってくれた。

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サナヒンの教会・修道院跡
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賛美歌を歌ってくれた女の子たち
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その後峠道にかかると、頂上では雪が残っていた。夜になって着いた町では、宿は見つかったものの、レストランのようなものはなく、食べられそうなものを見繕う。自転車旅は本当にお腹がすくので、食事だけはちゃんとしたいのだが・・・。

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教会群のある丘から街道のある谷を見下ろす。

翌朝はすぐまた峠越え。また雨が降り出し、頂上のトンネルを抜けると嵐になった。雨宿りする場所はなく、トンネルの中で着替えればよかったと思った。下っていく間に身体は冷え、町に着いて屋根の下に入り込んで着替えようと思ったが、手がかじかんで動かない。雨宿りしていたおばさん2人が手伝ってくれたが、出発しようとすると大声で何か叫んでいた。こんな嵐に出ていったら危ないとか言っていたのか・・・。その後、雹まで降り出してきた。途中にあったお店で1時間ほど暖まる。こんなに寒くひどい天気のなかを走るとは思っていなかったが、エレバンに着くと晴れて虹が出ていた。

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雪の残る峠

雨ばかりだったが、最終日は快晴。空港の近くにはキリスト教を国教とした当時に建てられたという世界最古の教会エチミアジン大聖堂があり、近くの教会の跡などを見て歩く。この辺りからはノアの箱舟が着いたというアララト山がよく見える。アララト山は隣国トルコ領内にあり、以前は山麓にアルメニア人が多く住んでいたが、第一次大戦中に大規模な虐殺を伴う強制移住をさせられたといい、今でもこの問題は両国の間にくすぶっている。そんな歴史を持つアルメニア人の心のよりどころである、今は行くことができないこの山を、彼らはどう見ているだろう。

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エレバンの建物
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アララト山を望む。
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エチミアジン大聖堂で

スパイ容疑にかけられもして、戦争について考えた。こういう世界の中で日本が戦争をしないと誓ったのは素晴らしいことで、それを守っていかなければと思う。

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木下滋雄

木下滋雄(きのした・しげお)

1964年横浜生まれ。フォト・サイクリスト。高校時代に自転車旅行と写真を開始し、30歳で五大陸走破を達成。これまでに60カ国延べ6万3千キロを走破している。現在はパラグライダーも楽しむ。ぺトラ建築設計一級建築士事務所主宰。

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