世界自転車旅行記(13)アゼルバイジャンからジョージアへ 木下滋雄

2015年9月2日18時22分 コラムニスト : 木下滋雄 印刷
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どこへ旅行に行こうか考えているときに、アルメニアへ行った人の話を聞いた。世界で最初にキリスト教国となった国である。興味を持ち、コーカサス3国を走ることにしたが、アゼルバイジャンとアルメニアは1988年から90年代の初頭に、アゼルバイジャン領内のアルメニア人の多くが住むナゴルノ・カラバフをめぐり戦闘となり、現在は停戦中となっている。アルメニアに領地を奪われた形のアゼルバイジャンには、アルメニアのビザがあると入国できないが、逆はジョージア(最近呼び名がグルジアから変更された)を経由すれば入れる。というわけで、アゼルバイジャンからジョージアに寄ってアルメニアへと走ることにした。

カスピ海に突き出たアゼルバイジャンの首都バクーには、2007年4月の未明に降り立った。天気はあいにく小雨が降ったりやんだり。

バクーの旧市街は石畳で趣がある。南へ向かうとカスピ海岸の油田が見えてきた。180年も前からあるかつての世界一の油田で、環境汚染がむごいらしいが、見た目もとても悪い。その先には、新型の巨大なやぐらが見えてきた。

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バクーの港
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バクー市内にて
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カスピ海岸の古いバクー油田

進路を西にとり、黒海へ向かうルートに乗る。夕方着いた街にはホテルが無く、コースからそれた隣町まで走ってホテルを見つけられたが、食事中、ホテルのオーナーらしき人が来て僕の飲み物を勝手に飲んでいってしまい、ちょっとあっけにとられてしまった。

翌日も雨。ちょっと寒い。午後にはやみ、黒海へのルートを離れコーカサス山脈の麓の道へと入っていく。山脈は5千メートル級の山が連なる。店に寄ってどこでもするようにコーラを買って飲んでいると、たくさん人が集まってきたが、イスラムの国であるので男の人しかいない。この日暗くなって着いた町には一応宿があったが、食事をするところがなく、店にもほとんど何も売っていない。わびしい夜となった。

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町外れの平原で商売する肉屋さん
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お店の前で
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夕景

翌日は晴れ。この旅のメーンの一つであるコーカサス山脈の眺めがきれいだ。いろいろなところを走ったが、2日間走ったこの山麓のコースほどきれいで気持ちの良いところはなかったのではないかと思うほどであった。

この山麓のルートはシルクロードの一つで、途中、かつてのキャラバンの基地であった建物がホテルになっているところに泊まった。石造りのこの建物は、各部屋が洞窟の中のような造りになっていて雰囲気がよく、あまりいい宿に泊まることがない自転車旅行だが、この日は違った。

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ランチタイム
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コーカサス山脈を望む
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かつてシルクロードキャラバンの基地であった宿

雪山の麓に牧場が広がる、のどかで心地のよい風景の中を走ることができたのは本当にありがたいことだった。というのは、次の日から雨続きとなったからだ。国境を越えてジョージアに入ると、がらっと雰囲気が変わった。女の人が普通に街を歩いている。そんな当たり前のことだが、イスラム教のアゼルバイジャンではそうではなかった。ここはアルメニアに次いで世界で2番目にキリスト教を国教とした国である。

この日は一日中雨だった。雨に降られることはままあるが、丸一日朝から晩まで降り続ける中を走ったというのは、ほとんど記憶にない。暗くなって着いた町で宿を尋ねるが、公用語のロシア語は片言を話せるようにはなっていたものの、複雑なことはさっぱり分からない。何人か人が集まってきたが、だれも英語は話せない。こういうときはジェスチャーとガイドブックの会話集とで何とかやりとりするしかない。車に乗せてホテルへ連れて行ってくれるという人がいたが、行ってみるとどうやら2件あるホテルはどちらも閉まっているようだ。その方はうちに泊まっていいと言ってくれ、連れて行ってくれた。一日雨に濡れた冷え切った体を、ペチカの火とスープで温めていただいた。こんなふうに親切にされると本当にありがたい。

翌日は僕の43回目の誕生日だったが、憂鬱(ゆううつ)な雨音で迎えた。雨がやむのを待っていると、英語を話せるというこの家の友人が訪ねてきたのでいろいろな話ができた。ここで訪ねたかったのは、トルコのカパドキアのように岩山に穴をくりぬいて造った岩窟教会群のあるダヴィット・ガラジという場所だ。観光案内には必ず載っているが、幹線道路から50キロほど離れて道も分かりにくく、あまり人が訪ねる場所ではないようで、普通はタクシーを頼まないと行かれない。その方に細かく行き方を聞いた。雨は降り続いていたが、一日休んでいるのも嫌だ。午後完全装備して雨の中を走り出すと、しばらくして雨はやみ、草原の中の道を行く気持ちの良い走行となった。道を詳しく聞いていたので近くまではスムーズにたどり着いたが、最後の分かれ道をどちらに行ったらいいか分からない。勘で走り出すと、観光客を乗せたタクシーが走ってきた。こうして無事にたどり着き、山の麓の修道院や尾根の頂に点在する石窟群を見て歩く。ここは6~9世紀にかけて建てられ、グルジア正教やこの国の文化的にも重要な場所ということだが、他に観光客は見当たらない。ガイドブックに宿があると書いてあったがここでも閉鎖されていて、管理人に頼んで元宿だった建物に泊めてもらうことになった。食料は買っておいたパンと缶詰でのわびしい誕生日の夕食であった。

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岩窟教会のある尾根の風景
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ダビット・ガラジの岩窟教会群と修道院
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翌日は元来た道を幹線道路まで戻り、首都のトビリシへ。山に囲まれた川沿いに円錐(えんすい)形のとんがり屋根を持つ独特な形のグルジア教会があちこちに見られる古い町並みが広がる。そんな一つの教会に入ってみると、礼拝をしていた。椅子はなく立ったままというのが珍しい。プロテスタントのように説教がなく、時間が短いからできるのだろう。

この日は何か特別な日のようで、市内のあちこちでクラクションを鳴らしながら新婚さんが乗る車が走っていた。この教会にも1組のカップルが現れ、見ていると僕にもシャンパンをくれ、あまりきれいではない雨具姿と一緒に写真も撮ってくれた。

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トビリシの教会
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トビリシの旧市街
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トビリシの夜景

ここから30キロほど北にムツケータという世界遺産になっている教会群があり、そこを訪ねてみた。街の中や山の上に点在する教会の一つの床には、キリストのローブが埋められているという伝説がある。その教会でアイスランドから来たというサイクリストに出会った。次はどこに?と聞かれて、決めていないと答えると、ではぜひうちへ来なさいと言われたので、次の旅先は決まった。

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ムツケータの教会群
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キリストのローブが埋まるという礼拝堂
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アイスランド人サイクリストと

その後アルメニアに向かっていく。その話は次回に。

そんなジョージアは1年ほどしてこの国からの独立を主張する南オセチアをめぐってそれを助けるロシアと戦争となり、通った場所も爆撃を受けた。一見のんびりした平和に見えるところでも、戦争はすぐ隣にいたりする。そんな世界の中で日本が70年戦争をしなかったのは素晴らしいことで、それを守っていかなければと思う。

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木下滋雄

木下滋雄(きのした・しげお)

1964年横浜生まれ。フォト・サイクリスト。高校時代に自転車旅行と写真を開始し、30歳で五大陸走破を達成。これまでに60カ国延べ6万3千キロを走破している。現在はパラグライダーも楽しむ。ぺトラ建築設計一級建築士事務所主宰。

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