京大式・聖書ギリシャ語入門(1)原典読解のはじめの一歩 宮川創・福田耕佑

2018年8月6日22時13分 印刷
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+京大式・聖書ギリシャ語入門
最古の聖書の1つである「シナイ写本」のヨハネによる福音書の冒頭
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■ はじめに

さて、今回からギリシャ語の講座を担当します、宮川創(みやがわ・そう)、そして、福田耕佑(ふくだ・こうすけ)と申します。

宮川はドイツのゲッティンゲン大学、エルサレムのヘブライ大学、京都大学、北海道大学などで言語学と古代地中海地域の文献学を学び、古代および古代末期のエジプトを中心とした、ギリシャ語文献とコプト語を含むエジプト語文献、そして、これらの言語の歴史に関して研究してきました。現在は、古代のギリシャ語訳旧約聖書である七十人訳聖書からの詩編のコプト語訳と、紀元後4〜5世紀のエジプトの修道院長であるシェヌーテによるコプト語訳詩編からの引用を研究しています。

福田はギリシャのテッサロニキ・アリストテレス大学と京都大学でニコス・カザンザキスを中心とした現代ギリシャの思想史と文学を研究しています。また、ギリシャでギリシャ語を用いて聖書とその思想を学んでいます。

タイトルに「京大式」とあるのは、2人が京都大学で共に学び、京大を中心とした東方キリスト教圏研究会の創立メンバーとして切磋琢磨(せっさたくま)してきたからです。

本講座はどなたでも聖書のギリシャ語が読めるように、やさしくギリシャ語を解説するといった趣旨の講座となっています。初歩の講座なので、学術的にギリシャ語を学んだ方から見れば物足りなく、また単純化し過ぎているように思われるかもしれませんが、そのような解説は中級編までお待ちください。

ですから、日本人にとって一番分かりやすい表記で最初は勉強することを目指し、初めはカタカナで音訳をして解説します。本講座を通して、一人でも多くの人がギリシャ語新約聖書原典を読んでいただけることを願いつつ、最も平易な解説を心掛けました。

■ ギリシャ語とはどんな言葉?

ご存じの通り、新約聖書のオリジナルはギリシャ語で書かれました。皆さんはこのギリシャ語聖書を日本語で訳したものを、教会で、あるいは毎日のディボーションでお読みになっているわけです。しかしながら、これらの翻訳は翻訳者の解釈が含まれており、原典に忠実に読もうとすると、やはり原典をじかに読まないわけにはいきません。

ギリシャ語は言語学的にはインド・ヨーロッパ語族に属し、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ラテン語、さらには仏教経典やインド哲学文献で有名なサンスクリット語などとも共通の祖先を持っています。

もともとこのギリシャ語は、東ヨーロッパのバルカン半島の先端にあるギリシャを中心に話されていました。古くは『イリアス』や『オデュッセイア』で有名な詩人ホメロスの文献がギリシャ語で残っていますし、哲学者プラトン、アリストテレスなどの著作は有名です。

紀元前4世紀に、アレクサンドロス大王という人が、ギリシャ北部の小国マケドニアから、今日のギリシャ、トルコ、エジプト、シリア、パレスチナ、イラク、イラン、アフガニスタン、パキスタン、中央アジアに至る大帝国を打ち立てました。ギリシャ語は、この時からアレクサンドロス大王の広大な征服地における共通語になりました。この共通語がコイネー・ギリシャ語と呼ばれています。

新約聖書のギリシャ語はこのコイネー・ギリシャ語です。現代ギリシャ語よりも、むしろ古いギリシャ語と共通点が多くあります。2千年前のギリシャ語ですので、現代のギリシャ語とは少し違うとお考えください。ですが、今日のギリシャでも至る所でコイネー・ギリシャ語が使われています。正教の教会ではもちろんのこと、現代語訳を使うギリシャのプロテスタント教会でも、このコイネー・ギリシャ語を併用する教会もあります。現代ギリシャ語訳聖書も、コイネー・ギリシャ語の原文にどれだけ近いかという観点で何種類も存在しています。また多くのコイネー・ギリシャ語の表現や言い回しが現代ギリシャ語の中に生きていて、ギリシャ人の口を通して聖書の御言葉と同じフレーズや祈りの言葉が聞こえてくることも珍しくありません。このように聖書のギリシャ語は今なお生きた言葉として、ギリシャ人の生活の中に息づいています。

■ 例題1(ヨハネ14:6)

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(新改訳)
「わたしは道であり、真理であり、命である」(新共同訳)

ギリシャ語:Ἐγώ εἰμι ἡ ὁδὸς καὶ ἡ ἀλήθεια καὶ ἡ ζωή·
(アクセントを含むギリシャ文字については後の課で学習します)
アクセントを除いた音写:egō eimi hē hodos kai hē alētheia kai hē zōē.

<語釈>
egō エゴー 私
eimi エイミ 私が〜である
hē へー 定冠詞
hodos ホドス 道
kai カイ そして
hē へー 定冠詞
alētheia アレーテイア 真理
kai カイ そして
hē へー 定冠詞
zōē ゾーエー 命

では、冒頭の聖書のギリシャ語を読んでみましょう。これは、ヨハネによる福音書でイエスが弟子であるトマスにおっしゃった御言葉です。トマスが主イエスに「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか」(ヨハネ14:5、新共同訳)と尋ねたところ、主イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている」(ヨハネ14:6〜7、同)とおっしゃいましたが、その初めの文がこれです。

■ 発音の注意点

ごく手短に発音のポイントをお伝えします。

  1. アレーテイア(真理)のレの l の音は、英語と同じように舌を前歯に当てて発音してください。
  2. ホドス(道)という単語が出てきます。この「ス」の最後は s で終わっていますので、後に母音を入れないように、つまり su にならないように注意してください。
  3. また、アレーテイアのテで出てくる th は t の音にたくさん息を吹きかけるように発音してください。英語の growth の th で発音してもらっても構いません。今のところはあまりこだわらなくても大丈夫です。詳しいギリシャ語の文字、発音、そして重要なアクセントについては、後のレッスンでお教え致します。

■ 代名詞と格

egō エゴー 私

最初のエゴーですが、エゴーは代名詞で「私が(は)」という意味です。エゴイズムのエゴをイメージすれば、覚えやすいでしょう。ギリシャ語の代名詞には格というものがあり、このエゴーは主語を表す「主格」です。これは日本語の「私」と格助詞の「が」をエゴーの1語にしたようなもの、と考えれば、分かりやすいと思います。すなわち、エゴー1語で「私が」(主語)を表します。

日本語の場合は、「私は」も主語となることができますが、「私が」と「私は」には大きな違いがあります。日本語の「は」は言語学では「トピック・マーカー」と呼ばれ、その文の主題を主に表す語なのですが、この日本語の「は」の機能は大変に複雑で議論が絶えません。例えば「赤鉛筆は彼が持っている」など、「は」が付いた名詞が目的語となる時もあります。(言語学の「が」と「は」の違いの議論に興味がある人は、益岡隆志・田窪行則著『基礎日本語文法・改訂版』〔1992年、くろしお出版〕などをご覧ください)

ここでは、どちらかというとギリシャ語の主格は「は」ではなく「が」の方に近い、と覚えてくださればよいと思います。

■ 動詞の変化

eimi エイミ 私が〜である

次のエイミは日本語では「私が(は)〜である」という意味になります。ギリシャ語では、動詞にも主語の情報が含まれます。英語で「3単現の s」というものを習った人も大勢いると思いますが、英語の “John reads a book.” の動詞 reads の s は、時制は現在で、かつ、主語が3人称単数、すなわち「私」や「あなた」ではなく「彼・彼女・それ」の時に付されます。ギリシャ語では、3人称単数の時だけでなく、1人称単数「私」、1人称複数「私たち」、2人称単数「あなた」、2人称複数「あなたたち」、3人称複数「彼ら・彼女ら・それら」の時にそれぞれ異なる形に動詞が変化します。このことは次のレッスンで学習します。ここでは、エイミが「私が(は)〜である」ということを覚えてください。

■ 代名詞と強調

さて、ということで、エゴー・エイミは「私が(は)〜である」という意味になりますが、エイミだけでも「私が(は)~である」を意味します。ここでエイミに「私」が主語であるという情報が含まれているのに、どうしてエゴー「私が(は)」という代名詞を付さないといけないのか、と疑問に思われる人もおられるでしょう。実際、エゴーはなくてもよいのですが、エゴーを付すことで、「私」が強調されるという効果があります。ここでは、イエスはおそらくこの効果を狙ってエゴーを用いたのだと思われます。日本語で訳すと、「私こそは」のようになるでしょうか。

■ 定冠詞・名詞・形容詞の性と数

hē へー 定冠詞
hodos ホドス 道

次はへーという単語ですが、これは英語の the に当たる定冠詞です。聞き手がすでに知っているものや、話題にすでに出たもの、また1つしかないものなどの前に置く語です。日本語には対応するものがないため、翻訳の際は、初歩のうちはそれほど気にしなくても構いません。もちろん、上級になってくると、訳し分ける必要が出てくる場合もあります。日本語に無理やり訳す場合は、「その」などを付けるとよいでしょうか。

そしてこの定冠詞へーは、次の語であるホドスを修飾しています。ホドスは「道」という意味の名詞です。ここの名詞ホドスは女性名詞で、その前の定冠詞へーは女性名詞に付く定冠詞です。ギリシャ語の名詞や冠詞、形容詞には男性と女性の区別、さらに格や単数・複数の区別があります。

どうして、人間や動物以外の名詞に性があるのか、と不思議ですが、このことは後のレッスンで説明します。

■ 「エイミ」:格の一致

このへー・ホドスはエゴーと同じ主格です。主格は「〜が」という意味だとお伝えしましたが、このようにエイミが用いられて「Aが(は)Bである」(「A=B」)という関係になるとき、Aが主格であれば、Bに入る語も主格が用いられます。つまり、格の一致があります。

A  =  B
主格   主格
「AはBである」
「AはBです」
「AはBだ」
「AがBである」
「AがBである」
「AがBだ」 など

A    =    B
エゴー エイミ へー・ホドス
私   である   道
「私(こそ)が(は)道である(だ・です)」

■ 接続詞

hē へー 定冠詞
alētheia アレーテイア 真理
kai カイ そして
hē へー 定冠詞
zōē ゾーエー 命

へーは先ほど説明した定冠詞、アレーテイアは「真理」という意味の女性名詞。ゾーエーは「命」という意味の女性名詞です。

その次のカイは英語の and に当たる並列の接続詞になります。「A、そしてB」や「AとB」のような意味を持っています。ですから、へー・ホドス・カイ・へー・アレーテイア・カイ・へー・ゾーエーは「(その)道と真理と命」になります。

■ まとめ

最後に例文全体を見て見ましょう。

「エゴー・エイミ・へー・ホドス・カイ・へー・アレーテイア・カイ・へー・ゾーエー」

の直訳は、

「私こそがその道と真理と命である」

となります。

こなれた日本語にすると、「私こそが道、真理、そして命である」、もしくは新改訳のように「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」となります。

翻訳の仕方は多様です。新改訳は「です・ます」調を用いていますが、新共同訳は「だ・である」調を用いています。このような細かな丁寧度の使い分けは、ギリシャ語は日本語ほど顕著ではありません。また、接続詞カイの訳し方はさまざまです。このようにギリシャ語と日本語は一対一に対応しないのが現実です。ですので、いくら逐語的に訳したとしても、ギリシャ語から日本語にする際には、定冠詞や名詞の性などの情報が失われたり、日本語独特の「丁寧さ、文体」などの情報が余分に加えられたりしてしまうのです。

■ 練習問題

ここで、最初の練習問題です。

1)次の新約聖書の一節を日本語に訳しなさい。

Ἐγώ εἰμι ἡ ὁδὸς καὶ ἡ ἀλήθεια καὶ ἡ ζωή·

(カタカナ音訳:エゴー・エイミ・へー・ホドス・カイ・へー・アレーテイア・カイ・へー・ゾーエー)

2)上のギリシャ語文は、誰による誰への発言か。また、聖書のうちのどの書物の何章何節に記されているものか答えなさい。

練習問題のヒントはすべて上の文章中にあります。

初回のレッスンはいかがでしたでしょうか。次回は簡単な文を読んだ後、ギリシャ文字のアルファベットの一部の解説を致します。

宮川創

宮川創(みやがわ・そう)

1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。

福田耕佑

福田耕佑(ふくだ・こうすけ)

1990年愛媛県生まれ。現在、京都大学大学院文学研究科現代文科学専攻博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論―『禁欲』を中心に―」『東方キリスト教世界研究』第1号など。

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