社会的弱者の友として―賀川豊彦の生涯(2)雲間から差す日

2016年1月21日20時43分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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兄の端一の勧めによって豊彦は、中学校の試験を受けることになった。そして優秀な成績でパスし、中学生となる。学費は、端一が負担してくれることになった。最初は寄宿舎に入り、2年後に片山塾に移った。ここは英語教師の片山正吉(かたやま・しょうきち)というクリスチャンが開いたもので、落ちついた雰囲気の中で、豊彦は熱心に勉強に励んだ。

そのうち、友人の一人が近くの教会でアメリカ人宣教師C・A・ローガン博士が週1回英語でキリスト教の話をすることを教えてくれた。英語の勉強がしたい一心で教会の門をくぐった豊彦は、ローガン博士の柔和に輝いた顔と優しい響きを持つ言葉に心が癒やされていくのを覚えた。

同じ頃、やはり宣教師として日本に来ていたH・W・マヤス博士は、自宅を開放して聖書の講義を始めたので、豊彦はこちらにも通うことになった。マヤス博士は、寂しそうな暗い目をしたこの少年を心に留め、困ったことがあったら相談に来るように言葉をかけた。

そのうち、賀川家にさらなる悲劇が起きた。「賀川回漕店」を継いだ兄の端一は父親ゆずりの遊び好きの性質がたたって、商売に身が入らなくなり、芸者と遊び、家に帰らなくなった。商売は使用人に任せきりで、新しい事業を始めてひともうけしようと手を伸ばしたのが失敗。莫大な借金を抱えたまま破産したのである。そして豊彦への仕送りも跡絶えたので、彼は学費が払えなくなってしまった。こうして1903(明治36)年4月、ついに「賀川回漕店」は倒産し、家族は離散した。

それは小雨の降る寒い日であった。豊彦は、寄宿舎を出、叔父の森六兵衛(もり・ろくべえ)の家に息子の勉強をみるという条件で住み込むことになった。荷物をすっかり入れると、彼は傘もささずに泣きながらマヤス博士の所に飛んで行った。

博士は、彼の肩を抱いて庭に連れ出した。「さあ、見てご覧なさい」。博士は豊彦を青々とした芝生の上に立たせ、涙に濡れた顔を太陽の方に向けさせた。

「涙を乾かして太陽を仰ぐのです。泣いている目には太陽も泣いて見え、微笑む目には太陽も笑って見えるのですよ」

この時から、豊彦はマヤス博士の聖書講座に欠かさず出席するようになった。そして、博士は彼の学費その他生活上の援助をしてくれることになったのであった。

「私の書籍に入って読みたい本があったら読みなさい」。博士はそう言って、彼に力をつけさせるために洋書を貸してくれた。豊彦はわずかの間に英語をこなし、やすやすと英文と書物を読破できるようになったのである。

そんなある日のことであった。彼は級友の一人と話をしながら散歩をしていた。級友は彼の今までの人生の話を聞くとこう言った。「そんなに次々と恐ろしい不幸が降りかかるのは、君の先祖が犯した業(ごう)のせいだよ」。そして、彼のもとを離れていってしまった。

(そんな業を背負って生まれてきたのなら、この自分の人生には何の意味があるというのだろう。)彼の目に、淀んだ水に浮かぶ泡が映った。そして突然激しい喪失感を覚えた。発作的に川に飛び込もうと身構えた――その時だった。その肩に温かな手が触れた。

「こんな所でどうしたの?」。驚いて振り返ると、よくマヤス博士の教会で見かける森茂(もり・しげる)という青年が立っていた。彼は将来材木商を営むために、材木屋に奉公に行っており、大きな荷物を背負っていた。

「自分は生まれてこないほうがよかったんです。こんな自分なんか・・・」。思わず自暴自棄になってそう言うと、森茂は彼の手をしっかり握って、一緒に歩き出した。

「神様はお見捨てにならないよ」。彼は言った。「われわれ人間なんて明日の命も分からない存在なのに、それでも神様はお守りになる。明日焼かれる雑草さえ養われるのだから」

「こんなに遅く帰るんですか?」。そう尋ねると、彼は微笑した。「この近くに、ちょっと面倒を見てあげている人がいるもんでね」

それから、森茂は彼の肩を叩くと言った。「自分のような者は何も言ってあげられないけど、どんな時にも神様は君のことをお守りになるということだけは忘れないでね」。そして歩み去った。

森茂の言葉は、豊彦の心に大きな変化を与えた。何の意味もないと思われていた自分の命が、神の前に尊いものとされていたのだ。

1904(明治37)年2月21日。豊彦は徳島キリスト教会でマヤス博士から洗礼を受けた。この年の12月9日。身を持ちくずした兄の端一が韓国で死んだという知らせが届いた。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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