社会的弱者の友として―賀川豊彦の生涯(3)小さな命をいとおしむ

2016年2月4日21時44分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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1905(明治38)年、豊彦は明治学院高等学部神学科に入学。ここの「ハリス館」に寄宿した。明治学院は美しい森となだらかな丘を持つ静かな環境の中にあり、彼は落ち着いて勉強することができた。またこの大学の図書館にはあらゆる本がそろっており、彼は片端から読みこなしていった。

2年生の夏休みに徳島に帰った彼は、マヤス博士からあの森茂が誰も嫌がって面倒を見ないハンセン病患者の世話をしていることを聞き、心を打たれた。そして、この時から彼は、ただ机の上で勉強するだけでなく、全身全霊をもってキリストの愛を実践したいという激しい欲求に突き動かされるようになった。

学校が始まってから、級友たちは、彼が時々姿を消すのを不審に思った。親友の中山昌樹(なかやま・まさき)がこっそりと後をつけたところ、彼は東の谷にぼろ小屋を建てて住んでいる「物乞い」の家族の世話をしていたのである。この頃から、彼は自分の身なりにかまわなくなり、破れた木綿のかすりによれよれの袴(はかま)をはいてどこへでも出掛けていった。

そんなある日のこと、どこからともなく異様な臭気が漂ってきたので「ハリス館」の者たちは騒ぎ始めた。そして、それが賀川の部屋から流れてくることに気付き、彼の留守の間に皆で踏み込んだ。すると、どうだろう。木製の本棚の後ろに置かれた木箱の中に汚らしい犬がいるではないか。痩せてあばら骨が見え、皮膚病にかかって毛は抜け、耳の後ろからうみが流れ出している。そこへ賀川が帰ってきた。片手には牛乳瓶が握られている。

「おい、どうした。いいもの買ってきたよ」。彼は、犬の頭を優しくなでてやり、手のひらのくぼみに牛乳を入れて飲ませてやった。くってかかろうとしていた級友たちは何も言えなくなり、黙って引き揚げていった。

それから2、3日後。誰かが犬を捨ててきてしまった。帰ってきた賀川は、ミカン箱ごと犬がいなくなっているので、気が狂ったように犬の名を呼びながら飛び出していった。そのうち、彼が勉強もそっちのけで犬を捜してさまよい歩くのを見て、級友たちは心配になってきた。

その日は雨が降る寒い日だった。「こんな日に出掛けたら、風邪をひいてしまうぞ」。皆で引き止めたが、彼はその手を払いのけて出掛けてしまった。そこへ2、3人の上級生が来た。そして、何を騒いでいるのかと聞くので、中山昌樹が一部始終を話した。

「こんな雨の中を。あいつ、いやな咳をしていたから、どこか悪いぞ」。上級生の一人がこう言うと、皆で彼を捜せと号令をかけた。そして全員で歩き回った末、ようやく雑木林の所で全身濡れねずみになっている賀川を見つけた。その時、3年上の上級生が言った。

「すぐ帰れ。こんな雨の中を歩いていたら、体を壊しちまうぞ」「ほっといてください。あの犬のことが気になって、夜も眠れないんです」

「よし、分かった」と、彼は大声で言った。「われわれがその犬を捜す。だから、お前は帰るんだ」

この上級生こそ、後に明治学院大学の学長となり、教育界に大きな貢献をした都留仙次(つる・せんじ)であった。彼はすぐに全員を率いて雨の中を歩き出した。結局、この犬はもう死んでおり、東の谷の人々の手によって埋められたことが分かった。

賀川を感傷的と笑う者もいたが、この事件は、弱者の痛みに対して深い感受性を示す彼の特質をよく表すものであった。

1907(明治40)年。賀川は明治学院高等学部を卒業。神戸神学校に入学することになった。しかし、開校を前にして、突然彼は吐血し倒れた。心配したマヤス博士は、彼を神戸衛生病院に入院させた。しかし、思わしくないので明石の湊病院に転院。約4カ月にわたる療養の末、いくらか回復の兆しが見えてきた。その後、彼は蒲郡(がまごおり)に行き、駅から少し南東に下った漁村のある家を借りて療養生活をすることになった。

こうした日々の中で、賀川は初めて筆を取って心に浮かぶ思いを書きつづっていった。そしてそれは『鳩の真似』という自伝風小説に結晶した。彼はそれを、明治学院の先輩で当時すでに名を成していた島崎藤村に見てもらおうと彼の自宅を訪れ、預けて帰ってきた。しかし、藤村は「これはあなたが出世なさるまで大切にしまっておおきなさい」という手紙を添えて送り返してきたのであった。

その後も病魔に苦しめられながら、賀川はひたすら祈り、道を求めるうちに、死と隣り合わせたはかない自分の命を、日本で一番貧しく、一番惨めな人々にささげようと決心し、巨大なスラムのある葺合新川(ふきあいしんかわ)に住むことにした。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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