エステルのように ―脳卒中当事者となったリハビリ専門家の物語― 関啓子

2015年10月26日19時33分 執筆者 : 関啓子 印刷
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語り部として

私は、病気や怪我による脳損傷で引き起こされる認知機能障害である高次脳機能障害のリハビリ専門職言語聴覚士(ST)として30年以上にわたり、臨床・研究活動をしてきました。この仕事が神様から託された使命と確信し、単身赴任までして将来医療職に就く学生の教育に打ち込んできました。すべてが順調に見えた着任11年目の私に突然脳梗塞が襲いかかり、私は左半身の麻痺と自分の専門領域であった高次脳機能障害を抱えてしまいました。発症当初は周囲から「復帰は絶望的」と見なされたそうですが、発症10カ月で現職復帰(利き手の麻痺のため単身生活を維持できず、断腸の思いで翌年退職)し、指導教員の病気で衰退した研究室を復興し、在籍大学院生全員の学位取得(同僚の支援に感謝!)を成就させるなど、責任を全うして退職しました。発症して6年経過した今は一人で歩き、自分の言葉で伝えたいことを話し、やり残した研究を続け、自分でパソコンを駆使しスライドを作って、全国各地からお招きいただいた講演に夫と共に飛び回り、困っている同病の人を支える施設(三鷹高次脳機能障害研究所)まで作っています。手の麻痺こそ残っていますが、高次脳機能障害がほとんどなくなったのは、専門的知識をすでに持ち、自分の状態を客観的に見て病的状態を認識でき、望ましい状態になるように意識して努力するという「知識・病識・意識」のおかげだと思っています。

振り返ると、発症当初から奇跡的な「恵み」の連続でした。発症したのが発見されにくい一人暮らしの自分の部屋ではなく、人目の多い日中の繁華街だったこと、救急搬送先の病院に経験豊富な医師がおり、必要な設備が整って迅速に的確な治療がなされたこと、脳損傷の部位が致命的ではなかったこと、適切な思考や判断ができる程度の認知機能が保たれていたこと、重い高次脳機能障害の症状を自分の専門的知識によって緩和できたうえに、周囲にも支援してくれる専門家がいたことなど、枚挙にいとまがありません。私はこれら一つ一つに神様の意図を感じました。脳卒中リハビリ専門家が自分の専門領域の病気になり、どのように感じどのように症状に立ち向かっていったかを伝える役割を神様から与えられたのではないかと深く感じました。そして、脳卒中リハビリを学ぶ学生や臨床にあたる専門家、脳卒中予備軍の一般の方の参考になるよう、動画・音声録音、写真・検査データなどの客観的な事実と共に、内面や具体的に行った工夫・治療を発症当初から克明に記録し、2冊の本(『「話せない」と言えるまで―言語聴覚士を襲った高次脳機能障害』『まさか、この私が: 脳卒中からの生還』)にまとめました。

最近聖書を読んだりメッセージを聞いたりして、私の発症からの経緯はまるでエステルのようだと感じています。エステルは自分の民族を語ることなく異邦人の王妃になりましたが、ユダヤ民族が滅ぼされるという重大な局面で養父から「王妃になったのは、もしかするとこの時のためであるのかもしれない」と告げられました。脳卒中は国民病と言われるほど頻度も高く、重大な後遺症を引き起こします。実際にこの病気になり、回復を遂げた脳卒中リハビリ専門家が、自分の経験や日常を語り、そのリハビリを紹介することは、とても意義あることと思います。それは同時に、脳卒中の予備知識を広め、また自分の身に実際に起こったとき、適切に対応できるようにする啓発・予防活動でもあります。神様は、専門家の私を致死率の高い心原性脳塞栓症による死の淵から救い出し、信仰を取り戻させてくださいました。今の私は、自分の経験と信仰を伝える「語り部」としての役割を与えられたことを実感して、聖歌隊に加わり、毎週の礼拝で夫と共に神様を賛美しています。

最後に、エステルの物語のあらすじを以下にご紹介します。

エステルの物語

今から2500年前、エステルという名の若くてきれいなユダヤ人女性がいました。エステルは保護者モルデカイの養女として大事に育てられ、その言いつけをいつも守り、従順で美しい女性に育っていました。彼女はペルシャ王に見初められ、ユダヤ民族出身であることを王に知らせず王妃となりました。ところが、ペルシャ王の信頼が厚い部下ハマンは、モルデカイの無礼を憤り、モルデカイだけでなく属するユダヤ民族を滅ぼそうと計画しました。

この計画を知ったモルデカイは、民族を救うため王に命乞いをするようエステルに頼みました。気の荒い王の性格を知るエステルは、中庭に入って王に殺されることを恐れて当初は悩みましたが、モルデカイの「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない」(エステル4:14)との言葉を聞きました。そして、3日間断食してよく考えた末に、同胞のために死ぬ必要があるなら潔く死のうと決意し、中庭に入りました。予想に反して、彼女は王に温かく迎え入れられました。その後、予想外に事態は急展開して、ハマンは殺され、ユダヤ民族は救われたのです。

読者の皆様のご健康と主の平安をお祈りします。

関啓子

関啓子(せき・けいこ)

神戸大学大学院保健学研究科客員教授。三鷹高次脳機能障害研究所所長。言語聴覚士。医学博士。専門は神経心理学。国際基督教大学(ICU)、上智大学、国立障害者リハビリテーションセンター学院非常勤講師。著書に『失語症を解く―言語聴覚士が語ることばと脳の不思議』(人文書院、2003年)、『「話せない」と言えるまで―言語聴覚士を襲った高次脳機能障害』(医学書院、2013年)、『まさか、この私が: 脳卒中からの生還』(教文館、2014年)など。

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