沖縄における植民者としての日本人と私(2)沖縄の人たちの本当の願い 川越弘

2014年8月24日15時45分 コラムニスト : 川越弘 印刷
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沖縄の人たちの本当の願い―沖縄に痛みと苦しみを与えている日本人こそが沖縄人以上にその痛みを深刻に自覚してほしい

沖縄の人たちは、自分のアイデンティティが何であるかを求めている。「国籍は日本にあるが、日本人になりきれない」と言う人が多い。ある日本人が私に言った。「沖縄の人を同じ日本人として見てなければかわいそうよ」。本当にそうだろうか。そこには無意識の同化主義があると見る。

25年ほど前、川崎の登戸教会に赴任していたとき、沖縄出身の友人から沖縄の歴史について聞いたことがあった。その時の言葉が忘れられない。「私は日本人ではない。多摩ニュータウンで牧師をしているが、東京に住んでいても自分が沖縄人(ウチナンチュウ)であるという意識を一瞬たりとも忘れたことがない」。私はこの親しい友人の言葉にショックを受けた。このショックは私にとって良い経験であった。沖縄の認識がそこに向けられて視野が広められたと思っている。

沖縄人は日本人(ヤマトンチュウ)にない優れた目を持っていると私は考える。人間を見る目である。彼らは人間を表面からは見ない。琉球の歴史と伝統があるためか、400年の差別と侵略と戦争の痛みを経験しているためか、そこから人間の本心を読み取る目が養われている。日本人は人より上に立とうとする競争心が人一倍強く、学歴と家柄と血統で人を見ようとする。ウサギと亀のおとぎ話があるが、沖縄人はゆったりとしてはいるがいつも本物を見ようとしている。日本ではごまかしのきくものが沖縄ではそれがきかない。教会では改革主義の教義学を教えているが、彼らには食いついてくる情熱がある。たとえ理解に苦労したとしても、真理であるならば目を輝かして追及してくる。ここに沖縄人の誠実さがあると言える。

毎日、那覇空港は観光客で溢れている。年間600万人近くの観光客である。青海原に広がる南海の島、コバルトブルーの海と空、白砂の浜辺とさんご礁、亜熱帯の気候と多様な植物と一年中色鮮やかな花が咲いている。そして、イチャリバチョウディ(出会えば兄弟)の沖縄に憧れるのであろう。しかし沖縄の人々が日本の観光客に本当に知ってもらいたいのは、今に至るまで日本の犠牲になっており、今も差別を受けている沖縄とその歴史である。

68年前は、その悲惨さと苦難は筆舌に尽くしがたく「あらゆる地獄を一つに集めたような戦場だ」と米従軍記者が報道したほどの住民を巻き添えにした沖縄戦があった。最も悲惨な経験をした沖縄の人々は、軍隊は住民を守らないことを骨の髄から認識している。そんな中で、日本全体の0.6%の沖縄の土地に在日米軍基地の74%がある。この沖縄戦を経験した土地からアジアや中近東に戦闘機が飛び立ち、ベトナム人からは悪魔の島と言われていた。今は戦争訓練機の爆音と落下の不安の中にいる。やがて戦闘になったときは、まず襲われるのが沖縄の基地である。そして、未だに多発する米兵犯罪に怒りを抱いている。70%以上の沖縄県人が辺野古新基地建設に反対していても国が粛々と工事を進めていることに、命を懸けて怒りをもって阻止行動を起こしている沖縄の民衆を何とも思わない沖縄大好き日本人がいるのは、不思議な現象である。

私たち日本人は、琉球処分(不必要なものを処分するという意味)から今日まで上からの目線で沖縄を見下してきたし、今もその意識は変わっていない。日本の同化政策と日本人同化意識があるからだ。日本人と沖縄人を混ぜ合わせて、日本の論理で沖縄を見つめるのだ。「沖縄が日本とほぼ同じになってきたのは、それだけ沖縄が成長してきた」と人は言うが、それこそ植民地意識が根底に横たわった認識である。

1945年、天皇を頂きとした明治国家支配構造による侵略戦争や植民地支配の犯罪性が瓦解して、日本はアメリカを中心とする世界の連合軍の要求するポツダム宣言を受諾して無条件降伏をした。ここに神の義の裁きがある。ところが、日本自体が担っていくべき戦争罪責の負の遺産のほとんどを沖縄に押し付け、戦後の経済繁栄の美酒に酔って自らの戦争責任を問うことがなかったし、今もない。日本が痛まなければならない痛みを、これまで差別してきた沖縄に今も痛ませて、未だに沖縄を見下ろしている。

政府は2013年、4月28日をサンフランシスコ講和条約の発効(1952年)した「主権回復の日」としたが、その日を沖縄は「屈辱の日」と呼んでいる。沖縄は自決権のないままに日本から切り離され、日本国憲法の基本的人権の枠から外されたからである。

実は、日本はその日から「主権を回復したのではなく、日本の主権を放棄した」のである。昭和天皇は1947年9月、「天皇メッセージ」をアメリカに届けて、沖縄の土地提供と米軍駐留を求めた。1951年9月、アメリカはサンフランシスコ講和条約を結び、同じ日に日米安全保障条約を結んだ。この条約の目的は「日米行政協定」にあり、その内容は日本全土における米軍基地の自由使用を認める一方、アメリカは日本の防衛義務を負わないとするものであった。それは、アメリカの「望むだけの米国軍隊を、望む日本の場所に、望む期間だけ駐留する権利を獲得する」要求に、天皇は自分の立場をアメリカから擁護してもらおうとして、アメリカに従属する国家体制を建てた。これこそが安保条約の根本趣旨である。

「日米行政協定」は「日米地位協定」と、本質を変えずに名称を変えた。これがあるために、日本政府は対米従属というアメリカの奴隷になっている。日本人が独立し自立しているとはゆめゆめ思ってはならない。日本人は無意識の内に国家からの天皇制宗教的価値観によって心の中までも収奪されている。日本人はアメリカの隷属状態となったままに天皇の宗教に絡め取られているという二重の隷属状態の中にある。その担うべき任務を日本の道具として沖縄に押し付けて、日本は奴隷でないように思っているだけである。

沖縄の人々の怒りは、日本の政治・官僚・財界を含む日本人に向かっているが、沖縄に住んでいる日本人にぶつける。どこにも持って行くことのできない彼らの悲しみの叫びを、沖縄に住んでいる日本人に向けることは当然であろう。

沖縄人が日本人に願うことは、沖縄の痛みと苦しみを理解してほしいということである。今さら沖縄に同情してもらっては困ると言う。沖縄戦を押し付け、「集団強制死」を命じ、米軍基地のために沖縄の住民の土地を強奪した日本政府に無意識的・半無意識的に同調して加担してきた日本の民衆が、沖縄大好き人間になったとしても信用できないと言う。沖縄に痛みと苦しみを与えた加害者であることをよく認識して、日本人こそが沖縄の痛みを沖縄人以上に自覚してほしいというのが、沖縄人の本当の願いだからである。

■ 沖縄における植民者としての日本人と私:(1)(2)(3)(4)(5)

川越弘(かわごし・ひろし)

1945年石川県生まれ。日本キリスト教会沖縄伝道所牧師。日本キリスト教会靖国神社問題特別委員。

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