佐々木満男
弁護士。東京大学法学部卒、モナシュ大学法科大学院卒、法学修士(LL. M)。インターナショナルVIPクラブ東京大学顧問。
弁護士。東京大学法学部卒、モナシュ大学法科大学院卒、法学修士(LL. M)。インターナショナルVIPクラブ東京大学顧問。
「君、なんでそんなに明るく楽しそうなんだ?」。学生の頃、バイト先の同僚で、いつも歌をうたいながら仕事をしている男がいた。私はその頃、すべてが思い通りに行かず、将来に失望して落ち込んでいた。
キリストを信じて与えられる永遠の命に比べれば、この世の命は一瞬にすぎない。その短い生涯において体験する不運や障害も束の間の出来事にすぎない。それなのに聖書には、神はそれらをことごとく益にしてくださると約束されている。
ある青年が夢を持って1人で海外に渡航した。外国の地で思う存分自由に生きてみたかった。夢があったから、どんな仕事も苦にならなかった。まじめで誠実な性格が評価され、何年も働いて大学の学費を蓄えた。一生懸命勉強してとうとう30代で弁護士になった。
その日、齊藤諒君(当時16歳)は、自転車で高校に通学中だった。「あっ」と思った瞬間、自転車ごと乗用車に跳ね飛ばされ、頭から地面に叩きつけられた。そのまま救急車で病院に運ばれる。頸椎を骨折した諒君は、その日から、両手両足が完全に麻痺して常時人工呼吸器の装着を余儀なくされた。
愛する恋人と晴れの結婚式の最中。突然、式場に乗り込んできた警官隊が新郎を逮捕し連行して行った。彼は裁判にかけられ、無実なのに無期禁固刑を言い渡され、絶海の孤島の地下牢に閉じ込められた。
あなたは寝ても覚めても何かに夢中になったことがあるだろうか。恋人に思い焦がれて、夜も眠れない、昼はボーっとして何も手がつかない。不眠不休で一心不乱に受験勉強に集中。寝食を忘れるほどカーっとなって目前の仕事に没頭。私にもそんな経験がある。
ある依頼者との法律相談が終わり、いつものように福音の小冊子を手渡そうとした。ところが、「キリス教の読み物ですか。私はいりません。日本のキリスト教は力がありませんからね」と突き返され、大きなショックを受けた。
5歳で失明した少女は、8歳で母を亡くした。その後、アル中の父に捨てられた少女は弟を亡くし天涯孤独となり、統合失調症を患う。14歳になり、彼女は盲学校に入学した。何度もつらい目の手術をし、少し目が見えるようになった彼女は、盲学校を首席で卒業。
グリコの好評CM。新幹線の私の隣の席で、お母さんに抱かれた赤ん坊が泣き出した。いくらあやしても泣きやまず、お母さんも周囲を気にして困っていた。私がわざと怖い顔をして赤ちゃんをじっと睨むと、びっくりした赤ちゃんは一瞬泣きやんだ。
本物の愛は、人を救おうとする力である。なんとしても人をキリストに導こうとする情熱である。そのためには「どんな障害をも乗り越え、いかなる犠牲をもいとわずに、やり続ける」という神への信仰が必要である。
「あなたは、どこにいるのか?」。これが、スティーブ・ジョブスに対する神の問いである。一世を風靡した、スティーブ・ジョブス。金儲け主義者ではなかった。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツと並ぶ、「文化革命者」の一人。
感謝する心を持つようになると、人の体と心は互いに相乗効果をもたらし、「ウェルビーイング」(健康的な状態)を造るようになる。
「このようなひどい傷害を私に負わせていながら、私に対して一度の謝罪もない残忍無慈悲な加害者を絶対に赦すことはできません。どうかできる限りの厳しい実刑処分にしてくださいますよう、切にお願いいたします」。被害者のクリスチャン女性が検察官に書いた嘆願書である。
幸いにも、 聖書には誰もが天国に入国しそこに永遠に居住できるビザを取得する方法が書かれている。
ある晩、東京渋谷のスターバックス2階の窓際席でコーヒーを飲みながら道行く人々を眺めていた。
一日は貴い一生である、これを空費してはならない。そして有効的にこれを使用するの道は、神の福音を聴いてよく喜びよく笑うことにある。
「人生は、クローズアップでみれば悲劇だが、ロングショットでみれば喜劇である」― アメリカの喜劇役者、チャールズ・チャップリンのことばである。チャップリンは本当は、悲劇俳優になりたかった。彼の喜劇のベースは、多くは悲劇である。
1938年以来、孫良源(ソン・ヤンウォン)牧師は、韓国全羅南道のハンセン病園、「愛養園」を経営していました。日本の植民地時代であった当時、韓国では神社参拝が強制されていました。
「初めに、創造主が天と地とを創造された」。この言葉で始まる「創造主訳聖書」(ロゴス出版社刊)が、今年のイースターに新しく発行された。私も創造主訳聖書刊行委員の一人である。
「突き抜けよ!」 スイスの法律家・哲学者のカール・ヒルティの言葉(「眠られぬ夜のために」(7月1日)より)です。さまざまな問題に対応していくうちに、身動きがとれないような状態に陥ってしまいます。