1. 野のゆりとは
「野のゆり」といえば、何をイメージされるでしょうか。すらっとした姿、純白の色ですか。それともテッポウユリでしょうか。山登りをされる人は、ニッコウキスゲの群落、あるいは樹陰のササユリかもしれません。今までに持たれた印象によって十人十色でしょう。
旧約聖書に「ゆりの花」が17回出てきます。ヘブル語ではショーシャーン、シューシャン、ショーシャナーです。この言葉は、恐らくエジプトからの外来語とみられ、スイレンを指しているといいます。エジプトで「花」といえばスイレンで、装飾花のモデルになっているほどです。ヘブル人にとって、ショーシャーンのイメージする花は、ギリシャ語でいえばクリノンに当たり、七十人訳聖書(LXX)はそのようになっています。次に英国の欽定訳(KJ)の際には、やはり花といえば英国人の誰もが持っているイメージが「ゆり」なので「lily」となったようです。邦訳はKJに倣ってでしょうか、すべて「ゆりの花」になっています。
このように「ゆりの花」(雅歌2:1)は、ゆりそのものに限定されないようです。実際、ユリ属(Lilium)はイスラエルにはただ一種、白花のマドンナリリー(Lilium candidum L.)があるのみです。この花は上ガリラヤ地方の一部とカルメル山に自生するだけです。その上、雅歌5:13には「唇はゆりの花」と赤い唇の例えになっています。ですから、植物学者たちはここでいう「ゆりの花」は植物学的なゆりではなく、目に美しく映る赤い花を考えています。
イスラエルで1〜4月の4カ月の間、長く見受けられる赤いアネモネをこれに当てています。この花はイスラエル全土に分布していますから、ふさわしいです。他にもスイレンのようなカップ状の赤花は、チューリップやケシ科のポピー(ひなげし)、キンポウゲ科のラナンキュラス、フクジュソウ(アドニス)などの仲間たちを挙げることができます。3〜4月が主な花の時期です。以上のように、必ずしもゆりにこだわることなく、美しい花を思い浮かべてよいと思います。
2. 親しまれたゆりの花
雅歌には13種類の植物が出てきますが、ぶどうの9回に次いで、ゆりの花が8回も登場します。他は1、2回です。雅歌はソロモン王とシュラムの女との愛の歌です。ゆりの花がどんなに美しく、どれほど多くの人が良い印象を持っていたのでしょう。
お互いにゆりの花をもってたたえ合っています。シュラムの女が「私はシャロンのばら、谷間のゆり」と言うと、「わが愛する者が娘たちの間にいるのは、茨の中のゆりの花のようだ」(雅歌2:1、2)と応えます。
「頬は香料の花壇のようで、良い香りを放つ。唇はゆりの花。没薬(もつやく)の液を滴らせる」(雅歌5:13)。「あの方はゆりの花の間で群れを飼っています」(雅歌2:16、6:3)。「私の愛する方は、自分の庭へ、香料の花壇へ下って行かれました。園の中で群れを飼うために、ゆりの花を摘むために」(雅歌6:2)
このように旧約聖書中の17回のうち8回が、雅歌に歌われています。ゆりの花は、神の愛や慈しみを伝える役目を果たしているようです。
1)ホセア書は、夫の愛に例えて神の愛を語ります。神の民は神に背を向け、無視したために裁かれ、バビロンに捕囚とされました。しかし、悔い改めて神に立ち返るならば、豊かに回復される約束が与えられました。「わたしはイスラエルにとって露のようになる。彼はゆりのように花咲き、レバノン杉のように根を張る」(ホセア14:5)。ここに1回だけですが、神の愛の対象として、ひいては希望のしるしとしてゆりの花が用いられています。
2)4回が神殿での装飾花に、神の愛と慈しみのしるしとして描かれています。
① 神殿の入り口に立てられた2本の柱の柱頭の飾りに2回記述。
② 祭儀に使う器である大きな「海」のふちの反転に、ゆりの花弁を模して2回記述。
3)当時の賛美歌である詩編を歌うときの楽器または曲に4回出ています。詩編の表題に「ゆりの花」の調べにのせて、とあります(詩編45、60、69、80)。何度も繰り返して読むと、ゆりの花には特別な神の思いが隠されているように思います。
3. 色とりどりの花
新約聖書ではどうでしょうか。ゆりの花は、福音書に2回出てきます。「野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした」(マタイ6:28、29、新改訳第3版)。「ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです」(ルカ12:27、同)。イエスが群集を前にして教えられました。
このゆりの原語がクリノンです。基本的にゆりを意味する言葉ですが、旧約聖書での使い方から察しますと、いわゆる「ゆり」を指すよりも、目の前で美しく咲いている「花々」です。新改訳2017ではそれぞれ、「花」「草花」と訳しています。
2月にイスラエルに行かれた方に聞きました。花がいっぱい咲いてました、美しかったですよ、と。写真集を見ますと、深紅のアネモネが咲き乱れています。白色、クリーム色、青色のアネモネもあります。次には赤と黄色のフクジュソウの仲間が咲き、さらにベツレヘムの星といわれるユリ科の仲間が、白色に青色の条の入った清楚(せいそ)な6花弁を咲き広げています。オーニソガラム属のかれんな花です。この仲間が多く自生していて、個人的には好きです。
シクラメンのピンクや白色のカモミールも咲き出します。3〜4月になれば、春菊の仲間が黄色の花を咲かせます。さらに青色や紫色のアイリスも目立ってきます。イスラエルにはアイリスの仲間が多く、12月から5月まで次々に、それぞれの地で咲いてきます。紫系が多く、重厚な様子を見せます。これに対して、優しい雰囲気の黄色もあります。
イエスが話をしたとき、人々は目の前のいろいろな花を見ながら聞いていたと思います。
4. 創りの美しさと内からの輝き
どうして育つのか、「よくわきまえなさい」「考えなさい」とはどういう意味でしょうか。イエスは続けて「栄華を極めたソロモンでさえ、この花一つほどにも装っていませんでした」と、花の創りの素晴らしさ、性質の特異性に関心を向けました。3年半共に暮らしたマタイのいう「よくわきまえなさい」は、「よく学びなさい」の意味です。イエスだったらどう見るか、イエスの視点をわきまえることでした。生ける輝きを造り出すことは神以外にできません。当たり前ではありません。
一方、ルカは科学者らしく「観察し、考え、完全に理解しなさい」という意味で「考えなさい」(ルカ12:27)と語ります。どの花をとっても、形と色は独特です。
押し花は、採った時の色を残すことがなかなかできません。アイロンをかけたりしても難しいです。特に白い花は茶色にすぐ変わってしまいます。どれもこれも生きているからこそ素晴らしいのです。白色の色素はありません。花弁の中の気泡が光を乱反射して純白を創っていると知った時は感動しました。「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう」(ローマ11:33)
5. 神の真実と誠実に対して
次にイエスが語られたのは、「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか」(マタイ6:30)です。
花の寿命は短いにもかかわらず、主は最も適することをなさいます。神は手を抜きません。それ以上に、あなたに最善をされます。これがイエスのへりくだった愛です。それに「気付きなさい」、それを「考えなさい」です。そして、これにはもう一つ意味があります。神は、あなたと個人的に深い関係を持ちたいのです。
この神をあなたがはっきりと知り、信頼し、呼び求めるのを、主は待っていてくださっています。「信仰の薄い人たちよ」と語りかけ、一つ一つ神と祈りのやりとりをする中で、信仰の厚みを増すようにしてくださいます。働きもせず、紡ぎもしませんが、置かれたところで精いっぱい生きる野の花たちに対して、さらに強め養うという神からの励ましの言葉です。全信頼への招待です。ペテロは身に染みて感じ入っていると思います。
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(1ペテロ5:7)と。
6. 神の完全な備え
青々としている木の下に黒いものがいっぱい落ちていました。幼虫のふんです。日増しに増えていきました。葉が食い尽くされそうです。動くことのできないものの弱みです。ところがある朝、黒い糞に混じってやや大きいものがこれまた多く落ちていました。ふんの主です。食い尽くされるその刺激で、その虫に害となる成分が生み出されたのでした。こうして神は死から助け、守ってくださいました。「試練とともに脱出の道も備えていてくださいます」(1コリント10:13)。私たちの知らない不思議、神の御業がまだまだあると思います。
もう一つ、ニュージーランド(NJ)に出張した時のことです。迎えてくださった方は、オランダ系の人でした。彼は2メートルに届くほどの高い背で、色白でした。手の甲を見せて「これキャンサーです」。紫外線でがんができ、治療で焼いた跡でした。NJは紫外線が強いからと言われました。他の動物も紫外線によって害されます。植物も同じです。それぞれの細胞が痛められ、遺伝子レベルでも害を受けます。しかし、植物だけが自分で治すことができるのです。抗酸化物質をつくり、活性酸素の害から自らを守る術が与えられているからです。この抗酸化物質を含む菜などを食べることによって、人の活性酸素による傷が癒やされます。植物だけが光合成をし、自活できるのです。他の生き物はすべてこれに頼って生きる存在です。
クレオパトラが好んで食べた野菜の一つに、エジプト~インド原産のモロヘイヤ(Corchorus olitorius, 2n=14)があります。これは繊維植物のジュート(黄麻)で知られています。草丈1・5メートルくらいで枝分かれが多く、栄養価の高い柔らかい葉です。カロテン、カリウム、ビタミンE、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC、食物繊維などを多く含んでいます。
近年モロヘイヤに抗酸化成分のクロロゲン酸、ケルセチンの配糖体があることが分かってきました。抗酸化成分にはビタミンC、ビタミンE、カロテノイド、ポリフェノール類などがあり、これらの含量の高い野菜はモロヘイヤだけではなく、ホウレンソウ、シュンギク、パセリ、アオジソ、ルッコラなどがあります。抗酸化活性が高く、動脈硬化、がん、糖尿病など、活性酸素によって引き起こされる病気の予防に期待されています。
地中海沿岸原産のシュンギク(Chrysanthemum coronarium)は特にビタミンC、カロテンを多く含んでいます。イスラエルの原野、耕作地、沿道などに広く分布し、3〜4月に黄色の花をつけます。イエスの足元で咲いていたかもしれません。あるところでは、黄色のじゅうたんを敷いたような光景を作ります。
神がこれらを人の食として与えられたときにはすでに、人の命を維持する栄養価や、体を修復する機能性成分などが十分に備えられていました。これらの「草花がどのようにして育つのか、よく考えなさい」と言われたとき、誰がこのような特質までも思い浮かべたでしょう。
「すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです。この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン」(ローマ11:36)。イエスは言われました。「まず神の国とその義を求めなさい。そうすれば、それらのものはすべて、それに加えて与えられます」(マタイ6:33)
※モロヘイヤの柔らかい葉をおひたしにして食しますが、注意すべきことが一つあります。種子が毒成分、ストロファンチジンを含んでいるので、種子は絶対食べてはいけない。中毒を起こします。
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