励ましの一言がプレッシャーに? 現代日本人を読み解く『「承認欲求」の呪縛』という視点

2019年5月19日22時49分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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太田肇著『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書 / 新潮社、2019年2月)

先月末から少し体調を崩してしまい、読もうと思っていた本が予定通りに読めず、少し滞ってしまった。こういったイレギュラーが起こったときは、ある意味でチャンスである。それは本当に読むべき本、読みたいと思っていた本が一体どれであるかを自分で認識することができるからである。予定はあくまでも予定。イレギュラーが生じるとき、本能のままに行動する(しかない、と割り切る)快感を覚えることができる。

そう考えると、私たちは自分が何かをしたいとか、これをやり遂げたいとか思う以前に、その言動が他者からどう見られるか、どう思われるかという他人からの期待にどれほどとらわれているかを痛感させられる。他者に認められたい、承認されたいという欲求が、異常なまでに肥大化しつつあるのが現代日本人というわけだ。

今回取り上げる『「承認欲求」の呪縛』は、こういった分野を取り上げている。つづめて言えば、一種の日本人論である。

著者の大田肇氏は、同志社大学政策学部の教授である。学生たちとの関わりを通して、若者たちの言動をリサーチできる立場にあるといえる。かつては「人から認められる」ということがプラスに働き、学生たちがやる気を持てたり、ビジネスマンが売り上げを伸ばしたりできていたという。しかしいつの頃からか、この「認められる」ことにねじれが生じるようになってきた。

本書で紹介されているように、業績を上げて会社から表彰された優秀な人が、急にうつになって会社を辞めてしまったり、時には命を絶ってしまったりするケースが増えてきたという。期待されるプレッシャーに耐えられなくなった結果であろう。

著者はこれらの現象を「承認欲求の呪縛」と述べ、2章から4章までその要因を探り、対処法を幾つか提示しようと試みている。

まず要因について、著者は端的に次のように述べている。

「承認欲求の呪縛」に陥るのは、「認知された期待」と「自己効力感」のギャップが大きいとき、すなわち期待の大きさを実感している一方で、それに応えられる自信がないときである。(中略)そして、もう一つの要素は「問題の重要性」、すなわち期待に応えられそうにないことを本人がどれだけ深刻な問題として意識しているかである。(175ページ)

この問題提起は、キリスト教界においても例外ではないだろう。そういった意味で、本書を、多くの牧師、教会関係者(特に教師や指導的立場にある人)にこそ読んでもらいたい。

例えば、牧師はよく他者を励ます。また、教会で奉仕をしてくれた人の労をねぎらう。これは牧会の基本として、神学校や教会の学び会で当たり前のように教えられ、強調されることだろう。

しかし本書によると、「認知された期待」は当事者のコントロールによって調整できるものではなく、むしろ周囲の不特定多者によって醸成されるものとされている。すると、牧師や教会指導者たちが(100パーセントの善意で)発した言葉が、当の本人に「過度の期待」と響いてしまうこともあり得る、ということになる。特に「自分はこのことができる」という「自己効力感」がどの程度培われているかに関して互いに無頓着である場合、「奉仕という名の強制労働」に堕してしまう可能性は大いにあり得る。

教会奉仕とは、大いなる働きのために自身が貢献できるという健全なアウトプット意識を前提としている。この前提があるなら、少々きつくつらいことでも、それを乗り越えた喜びによって、労苦は感謝や良き思い出に変わっていく(これは実際に奉仕してみないとつかめない感覚かもしれないが・・・)。

このメカニズムがきしみ始める可能性を、本書は指摘していると捉えることができる。その要因は、現代日本人が抱える「世界観」の変容にある。このセンシティブな一面を無視して、現代キリスト教会は立ち行かないだろう。

教会を訪れる人の中に、過度な承認欲求を持つ人が増えてくることになろう。そのような人がいくら一見やる気に満ち、「なんでもやりますよ」的な言動をしていたとしても、その本音がどこにあるか、また個々に健全な「自己効力感」が備わっているか(または教会としてそれを培っているか)が問われる時代となっているということである。

いつしか現代人は、繊細さと複雑さを併せ持つようになり、昔のように単純かつストレートな接し方ではどんな結果を生み出すかが見えにくくなってきている。励ましがプレッシャーとなったり、本人の積極的な申し出が、実は単なる自己実現や承認欲求によるものだったりする。

本書は日本人の気質、「日本人の風土病」に関する鋭利な考察に基づいている。そういった意味で「教会内も聖域ではない」という意識を持って、真摯(しんし)に拝読すべき一冊であるといえよう。

しかし同時に、著者が本書で「解決策」として提示している内容に関して、キリスト教界においては若干の「絵に描いた餅」感を否めないことも正直に明記しておくべきだろう。

やはり人々の自発的な信仰的言動を基盤として成り立つ教会という世界においては、下記の聖句をより現代的な意味で精度を上げるという方向性を捨て去ることはできないだろう。

こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。(エフェソ4:12~13)

社会が複雑になり、それに伴って人間もいろいろな「ねじれ現象」を生み出すようになってきた。だからこそ、冷静な分析や示唆に富む考察と共に、2千年以上変わらない聖書の言葉が求められているように思う。

■ 太田肇著『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書 / 新潮社、2019年2月)

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会研修牧師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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