【寄稿】天正遣欧使節と千々石ミゲル 大石一久

2017年11月28日06時55分 執筆者 : 大石一久 印刷
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天正遣欧使節の1人、千々石(ちぢわ)ミゲルが生きた16世紀後半から17世紀前半という時代は、国内的には混乱から安定へと向かう激動の過渡期にあたり、それまでとは異なる新たな価値観が模索された時代であった。その模索の時代にキリスト教は登場し、多くの日本人にこれまでに経験したこともなかった救いと希望の道を与えた。

だがその一方で、日本の伝統文化を破壊したり、領土的野心で世俗領主との軋轢(あつれき)を生んだりするなど、日本社会を混乱に陥れたことも事実である。その矛盾は、ひとえに宣教師らのインカルチュレーション(文化内開花、異文化理解)の精神を欠いた活動にあったし、植民列強と結びついた修道会そのものの体質にあった。

魂の救済や慈善事業などに見られる愛ある顔と、東洋に貿易の利と植民地を求めてくる敵意ある顔。その2つの顔に直面した時、ミゲルは、あまりに大きなそのギャップに驚愕(きょうがく)し、苦しんだ。しかも、日増しに大きくなる疑惑が修復不可能なほどの限界に至った時、その苦悩はミゲルを新たな道へと向かわせた。それがイエズス会との決別であったし、敵意ある顔からの脱却であったと思われる。

千々石ミゲルは雲仙市千々石町の出身で、同じ有馬出身の大村純忠は叔父、島原半島の領主である有馬晴信(のち藩主)や大村藩初代の藩主、喜前(よしあき)とは従兄弟(いとこ)の関係にあたる。そのため、表向きは有馬氏と大村氏2人のキリシタン大名の名代としてローマに旅立った。

8年半もの長く困難な旅路を終え、1590年、使節団一行は長崎に無事帰国した。出発時は日本人の誰も知らないような小さな使節団だったが、西欧に着くなり日本国を代表する外交使節としての性格が加わり、その重責はイエズス会使節団の立場を超えて、将来の日欧関係に直結する問題をはらんでいた。

ただ、伊東マンショ、原マルティノ、中浦ジュリアン、それにミゲルら4人の使節は、その重責を見事に果たした。その結果、それまであるかないか分からないような東洋の果ての国・日本を、実在する優れた文明国として西欧に認知させたのである。しかもこの時、使節団が築いた日本と西欧とのパイプは、幕末から明治にかけての近代日本の育成に大いに影響を与え、有為な人材がこのパイプを通して西欧に渡った。使節団が日欧交渉史に輝かしい金字塔を打ち立てたと高く評価されるゆえんである。

ただ、彼らが日本に帰ってくる間に、わが国の情勢は大きく変化していた。長崎に帰り着く3年前の1587年には、豊臣秀吉がバテレン追放令を発布し、その数カ月前にはキリシタン最大の保護者であった大村純忠と大友宗麟が相次いで死去していた。帰国した翌年、4人はそろって天草でイエズス会に入会するが、出発時とはまったく様変わりした政情の中、時代の激流に翻弄(ほんろう)され、その後の一人一人には厳しい運命が待っていた。

そんな中、ただ1人ミゲルだけは、どういうわけか、1601年頃にイエズス会を脱会して大村藩に仕え、その後半生は謎に包まれている。一部の宣教師の書簡などでは、キリスト教を棄(す)てた裏切り者みたいな書き方をされており、それがそのまま通説となって、最後は哀れな「枯れない雑草」とまで酷評されている。

しかし、果たして本当にミゲルはキリスト教を棄てたのか、大いに疑問がわく。特にミゲルがイエズス会脱会後、大村、有馬、長崎という、キリスト教が盛んな3地点にトライアングル状の信仰の線を結ばせている点は注目すべきである。おそらくミゲルは、イエズス会という修道会は脱会したけれど、終生、キリスト教の一信徒として生涯を全うしたものと考えられる。

ミゲルが生涯を賭けた命題は、「宗教の普遍性はいかにして人々のものになるのか」にあったと思う。だから彼は、インカルチュレーションの重要性を認識していたし、日本人の伝統や文化を真っ正面から捉えていたものと思われる。今日、われわれが生きる現代社会にも突きつけられている重い命題である。千々石に生を受けた「鬼の子」ミゲルの人生は、そういう意味で、今の私たちに一番身近な存在なのかもしれない。

大石一久(おおいし・かずひさ)

1952年、長崎県平戸市生まれ。山口大学文理学部東洋史学科卒。県立高校教師として教壇に立ったあと、長崎県文化振興課、長崎歴史文化博物館に勤め、現在、大浦天主堂キリシタン博物館副館長。石造物研究家として数多くの研究成果を持つ。

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