蜜と塩―聖書が生きる生活エッセイ(29)言葉のニュアンス ミュリエル・ハンソン

2017年1月27日12時53分 コラムニスト : ミュリエル・ハンソン 印刷

女の子たちにとって長い髪を短く切ってしまうのは、体にメスを入れるとか骨を切断するのと同じくらい、つらいことのようです。娘たちは「パパは長い髪が気に入っているわよ。すごくかわいいって」と言い、この言葉で釘を刺しておいて、切らずに済むと思っています。

さて、ある日、娘の髪を梳いていたら、彼女は急にのけぞって、「ママ、痛いわよ!」と声を上げました。その時、私がもう少し我慢すればよかったのでしょうが、即座に娘に注意してしまいました。

「あら、パーム。そんなにすぐに怒らなくてもいいでしょ」。すると、彼女は私の方にくるりと向きを変えると、はっきりとした口調で、語気を強めて言い返しました。

「ママ、怒っているんじゃないわ。むかついただけよ」。ここで一瞬、私は言葉の持つニュアンスについてひと言、言って聞かせたい衝動に駆られました。「むかついた」の代わりに別の言葉を使っていれば、それほど角が立たずに済むのにと思ったのですが、そうしたとしても、その場に漂った険悪な空気が変わるわけでもありません。

結局のところ、彼女の言動のほとんどは、ここ、すなわち、わが家で身に付けてしまったのではないかと思うと、気が引けてきました。そこで、この時ばかりは母親として賢く振る舞うことにしました。ぐっと堪えて口を閉じ、黙っていたのです。

ところで、この言葉のニュアンスの問題は、私たちの人間性に関わることだと思いませんか? もしも、誰それ夫人が教会で何もかもやってしまえば、彼女は「親分肌の、やり手」となり、私が何かの舵取りをすれば、私は「何でもできる、有能な働き手」となるかもしれません。また、逆に、ある人が「誇りを持っている人」だとします。同じ資質が私に備わっていると、「うぬぼれの強い人」になるかもしれないのです。

日曜学校の教師に進捗状況を聞きたくても、なかなか教えてくれないときがあります。彼らが言い渋っているのは、ただ「慎重に」事に当たっているだけなのだと主張するかもしれませんが、私たちからすると、「独り善がり」になっているとしか思えないこともあります。

言葉そのものはきっと大して重要ではないのかもしれません。しかし、よく考えてみると、その言葉が使われる場面や使い方によっては、受け止め方が違ってくることもあるわけです。ですから、やはり言葉はとても重要なのです。

私たちは時として、言葉を一種のクッションのようなものとして使っています。聖霊が私たちの心に働き掛けるときに、私たちは神の御心である真実を知らされるのですが、その真実は極めて厳しく、棘(とげ)のように強烈な痛みを伴って私たちに迫ってきます。

ですから、その痛みを和らげるために自分なりの言葉を使うのです。言葉のクッションによって、聖霊の直撃は免れるかもしれません。が、それと同時に、聖霊の語り掛けを言葉でかわし、自分勝手な解釈を加えるために、せっかくの主からの豊かな祝福も受け止められずに、逃してしまうという結果になる場合もあります。

また、私たちが取る行動を、仰々しい言葉を使って、いかにも立派な行為に見せたい、見せなければ、と思う時もあります。しかし、ここで何よりも大切なのは、言葉が持っている意味合いに心を添わせること、とりわけ、神様の御言葉が表す意味に心をぴったり合わせることです。

御言葉の意味ははっきりしています。罪はあくまでも罪であり、絶対的なものとして扱われ、贖(あがな)うべきです。不従順は常に不従順です。喜びも、同様です。平和も。贖いも。

聖書には次のように記された御言葉があります。

「私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖(きよ)さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心のあかしするところであって、これこそ私たちの誇りです」(Ⅱコリント1:12)

「神の国はことばにはなく、力にあるのです」(Ⅰコリント4:20)。この御言葉の前提に立って初めて、私たちは言葉の真の意味を知ることができるのではないでしょうか。

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【書籍紹介】
ミュリエル・ハンソン著『蜜と塩―聖書が生きる生活エッセイ

蜜と塩

読んでみて!

一人でも多くの方に読んでいただきたいエッセイです。聖書を読んだ経験が有る、無しにかかわらず、著者ファミリーの普段着の生活から「私もそのような思い出がある」と、読者が親しみを抱くエッセイです。どなたが読んでも勉強になります。きっと人生の成長を経験するでしょう。視野の広がりは確実です。是非、読んでみてください。

一つは、神を信じている者が確信を持って生きる姿をやさしく、ごく当たり前のこととして示しているからです。著者は、日本宣教のため若き日に、情熱を燃やしながら来日しました。思わぬ事故のためにアメリカへ帰らなければなりませんでしたが、生涯を通して神への信頼は揺るぎませんでした。

もう一つは、日常の中に働いている聖霊のお導きの素晴らしさを悟ることができるからです。私たちの日常生活が神様のご意志のうちに在ると知ることは、安心と平安を与えるものです。

さらに、著者のキリスト者生活のエピソードを通じて、心が温まるものを感じます。私たちの信仰生活に慰めと励ましが与えられます。信仰が引き上げられて、成長を目指していく姿勢に変えられていく自分を発見するでしょう。

長く深く味わうために、急がずに、一日一章ずつでもゆっくりと読んでみてはいかがでしょうか。お薦めいたします。

ハンソン夫妻の長い友  神学博士 堀内顕

ご注文は、全国のキリスト教書店、Amazon、または、イーグレープのホームページにて。

ミュリエル・ハンソン

ミュリエル・ハンソン(Muriel Hanson)

ミュリエル・ウエッスマン(Muriel Wessman)はミネソタ州出身、カルヴィン・ハンソン(Calvin Hanson)はカリフォルニア州出身。2人は、イリノイ州シカゴにある福音自由教会聖書学校で出会う。その後、ディヤーフィールド(Deerfield)郊外にあるトリニティー(Trinity)神学校で学ぶ。両氏はウィートン大学(Wheaton)で学び、ミネソタ大学(Minnesota)を卒業。1947年6月7日に結婚。

夫がミネアポリスで牧会に携わっていた時の1949年3月、2人はアメリカ福音自由教会から日本への初代宣教師としての召命を受け、遣わされることになる。

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