刑務所伝道シリーズ(5)最高に強い男を探していたら出会ったイエス様 山崎順二さん

2015年3月14日21時35分 記者 : 守田早生里 印刷
+刑務所伝道シリーズ(5)最高に強い男を探していたら出会ったイエス様 山崎順二さん
罪人の友主イエス・キリスト教会の進藤龍也牧師(右)と一緒に写る山崎順二さん。「(教会に)行かないと、進藤先生に悪いな」と思って、礼拝に出ていた時もあった。

罪人の友主イエス・キリスト教会(罪友)のメンバーで、現在は北海道に住む山崎順二さん。極道から抜け出し、救いにあずかった一人だ。「ポン中(薬物中毒)だった俺が、イエス様中毒になった」とその喜びを表現する。

山崎さんが生まれたのは、山口県。風光明媚な田舎町で育った。小学校、中学校、高校と進むに連れて、「いわゆる『田舎のガキ大将』になっていた」と話す。シンナー、万引き、喧嘩・・・思いつく悪いことは全てやった。「俺の場合は、家庭に問題があったとは思えない。両親の愛情は十分に受けていたと思っている」と山崎さん。しかし、次第に負けず嫌いの性格が災いして、あちこちでけんかをするように。とにかく負けたくなかった。

その矛先は、周囲の人々だけでなく、学校、社会にも向いていった。「なんで、日本の社会はこんなにくだらないことばかりなんだ。なんで、なんで・・・」と考える日々が続いた。同級生を「あいつらは能天気でいいよな」と冷めた目で見ていたという。相談する先輩もいなかった。周りが全て敵だとは思わなかったが、夜になるとどうしようもない孤独感が山崎さんを覆った。

そんな気持ちを箱に詰めるように、心の奥底にぐっと押し込んで、「バカになって生きていこう」と決めた。高校を卒業し、とりあえずフランス料理店で修行し、料理人を目指した。真面目に働いていたが、それにもどこか嫌気が差して、大阪へ。大都会大阪では、何もかもが刺激的だった。ホストとして3年間働いた。

水商売をしている間に、暴力団とも付き合うようになった。気が付いたら、自分もその道に・・・。そして、覚せい剤を覚え、溺れるようになった。全てが汚く見えた。

ふっと山口が恋しくなり、帰郷した時のこと、田舎で育った純朴な女性に恋をした。「大阪は刺激的だったが、やはり落ち着いた生活がしたいと思ったのでしょうね。普通の女性に恋をして、結婚しました」と話す。山崎さんが26歳の時だった。家族のために、今度こそカタギになろうと家業を継いだ。

しかし、裏では悪いことを繰り返し、薬物もやめられずにいた。ある日、妻に隠しておいた注射器が見つかってしまった。ダルク(薬物依存者更生施設)にも入れられ、精神病院にも2回入れられたが、途中で逃げ出したり、「もう薬物はやりません」とうそをついたりして、なんとかその場をしのいでいた。そんなことを繰り返しているうちに、結婚生活は4年半で終わりを迎えた。

「やっぱり田舎はダメだ。大阪に行こう」と元の道へ。今度は組に登録して、文字通り「暴力団員」になった。「大阪はもめ事が多いのでね。大阪のヤクザは忙しいんですよ。今日はあっちでけんか、明日はあっちでけんか、ってね。でも、そのうち、オヤジ(親分)がパクられ(逮捕され)てね。オヤジは、やっぱり当時の俺には最高に強くて、カッコいい存在でしたからね。捕まったら、なんだか糸の切れた凧(たこ)みたいになっちゃったんですね」と話す。

糸の切れた凧は、ふわふわと宛もなく空をさまようように、目的も見出せず、ただ薬物を打ち続けた。いずれ、どこからどう見ても薬物中毒になってしまった。問題行動も目立った。こうなると、暴力団にはいられなくなり破門。大阪にはもう自分の居場所はなかった。前妻に引き取られた子どもの顔が見たいと、とりあえず故郷山口に戻った。

廃人のようになった山崎さんに手を差し伸べたのは、クリスチャンの叔母さんだった。「順二くん、教会行こう」と誘われた。元々、キリスト教系の幼稚園に通っていたため、教会に抵抗はなかった。「いいよ」と返事をして、教会へ。「行けば、なんだかきれいな気持ちになった」とその時のことを語る。

しかし、相変わらず悪いことは繰り返していた。たまに教会へ顔を出していたものの、「当時は全く神様なんて信じていませんでした」と話す。しかし、なんとなくといった気持ちで受洗。なぜか、ここからさらに転落の人生を歩む。最初こそ、いやいや教会へは行っていたが、そのうち全く行かなくなった。薬漬けの日々、悪い仲間との付き合いも相変わらず続いていた。

叔母が見かねて、「埼玉県に進藤先生という牧師がいるから、訪ねてみたら? 進藤先生も昔、薬物で捕まったことがあるらしいけど、今は献身して牧師になってるんだよ」と声を掛けた。ちょっとした興味と、ちょうどその頃、仲間が捕まり、自分にも警察の手が及ぶのではと恐れていた頃だった。そのため、「ちょうどいいや」と、罪友の進藤牧師に会いに行くことにした。ポケットには、注射器を忍ばせて・・・。

進藤牧師の著書も叔母が用意してくれていたが、さほど読むこともなく、埼玉へ向かった。問題ばかり起こす山崎さんを疎ましく思っていた兄も、「もうこれ以上迷惑かけないでくれ」と見届けるように埼玉まで一緒について来た。

しかしこの時、「もう薬はやめたい。生きるのがつらい。でも、死ぬのは怖い」と思っていた時期でもあった。初めて罪友に行ったときは、「ここが教会? 大丈夫か?」と思ったというが、進藤牧師のメッセージには心から感動した。「この人、カッコいいな。男の中の男だなと思った」と話す。それから、進藤牧師と共に奉仕や伝道を続けていく中で、山崎さんの言葉を借りれば、「ホレた」という。しかし、そんな中でもなかなか信仰を持てずにいた。「鳴かず飛ばずの教会生活」を送っていた。「行かないと、進藤先生に悪いな」と思って、礼拝に出ていた時もあった。

転機が訪れたのは2013年。進藤牧師に「順二、そろそろ変わってくれよ」と言われたのがきっかけだった。「神学校に行きたいと思っているんですよね」と切り出すと、心から驚いた様子の進藤牧師は「本当か!?」と問いただした。しかし、そこに道は備えられていた。北海道石狩市にあるCFNJ聖書学院に入学した。卒業した現在は札幌の教会で奉仕している。「神学校に入って、俺の目は開かれた。この学校は、俺にとっては悪から完全に立ち返る『治療院』のような場所だった」と語る。

「俺は、ずっと前から『最高にカッコよくて、最高に強い男』を探してきた。それが初めは、暴力団の親分だった。次に見えたのは進藤先生だった。でも、最後にたどり着いたのは、イエス様だったのだと思う。最高に強くて、俺を守ってくれる存在。一生ついて行きたい存在ですね」と話す山崎さん。

彼の人生の「オヤジ(親分)」は、イエス様になった。これからのことはまだ未定だが、イエス様について行くと決めた山崎さんに迷いはない。「召しがあれば、どこにでも行こうと思う」と力強く語る。

<<前回へ     次回へ>>

関連記事

クリスチャントゥデイからのお願い

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。記事の一つ一つは、記者や翻訳者、さらに編集者の手などを経て配信されているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。

この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、毎月定期的にサポートする「サポーター」として(1,000円/月〜)、また単発の「サポート」(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済で可能です。申し込みいただいた方には、毎週のニュースやコラムをまとめた申込者限定の週刊メールマガジンを送らせていただきます。サポーターやサポートの詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。


インタビューの最新記事 インタビューの記事一覧ページ

新型コロナウイルス特集ページ

人気記事ランキング

おすすめのコンテンツ【PR】

コラム

主要ニュース