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盗聴スキャンダル―改めて問われる報道倫理

2011年7月23日00時03分
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 「ニューヨーク・ワールド」紙(1898年2月17日号)+
 世界のメディア王として名を馳せてきたルパート・マードック氏(80)の築いてきた「メディア帝国」が英日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」における盗聴スキャンダルによって信用の危機に直面している。同紙は盗聴スキャンダルを受け今月10日付で廃刊となった。

 米メディア大手ニューズ・コーポレーションを経営し、世界中に多くのメディア子会社を傘下に抱えるマードック氏は、個人携帯を盗聴しセンセーショナルなニュースを報じてきた事件に対して証言台で証言しなければならない立場に立たされている。19日の英下院メディア委員会によるマードック氏の証人喚問では、同氏は盗聴の被害者への謝罪を行う一方、組織的に盗聴を行ってきたことに関しては否定した。

 英米各紙において、マードック氏の傘下の新聞で生じた盗聴スキャンダル事件が連日ヘッドラインとなり、これまでマードック氏と親和的関係を築いてきた英政界でも「マードック叩き」が生じるようになっている。一部では、今回の盗聴スキャンダル事件を1972年に生じた「ウォーターゲート事件」に例える見方も報じられている。「ウォーターゲート事件」では、当時ニクソン大統領下の共和党陣営が、民主党本部の作戦を盗聴器をつけて盗み聞きしようとしたことが米ワシントン・ポスト紙の調査報道で明らかになり、その結果ニクソン大統領が辞任にまで追い込まれることになった。ジャーナリズムの世界では有名な事件である。

 米クリスチャン・ポスト(CP)は、今回の事件から改めて「イエロー・ジャーナリズム」の問題を指摘した。米ニューヨークを中心に発展し世界中に拡散していった「イエロー・ジャーナリズム」という報道姿勢は、いかに新聞の発行部数や人気を獲得するために「事実を正確に報道する」よりも大衆の注目を集める「扇情的ニュース」を報道できるかに力を入れるジャーナリズムで、しばしばセンセーショナルなニュースが新聞社によって偽造されてきたことが問題視されてきた。「イエロー・ジャーナリズム」の問題が、世界的に名高いマードック氏の「メディア帝国」下の「盗聴スキャンダル」という事件で改めて浮き彫りにされることになったことが同紙で指摘された。 

 イエロー・ジャーナリズムと言われるようになった発端は、1890年代の米国で、ジョーゼフ・ピューリツァー発行の「ニューヨーク・ワールド」紙とウィリアム・ランドルフ・ハースト発行の「ニューヨーク・ジャーナル・アメリカン」紙が漫画の「イエロー・キッド」を読者の人気を獲得するために奪い合って掲載したことにある。その後経営と報道を巡って、面白半分に読者の興味・注目を惹くためにニュースを偽造する姿勢が問題視されてきた。

 ピューリツァーとハーストの発行する両紙の読者獲得のためのセンセーショナルなストーリーを、十分な証拠なしに掲載し合う競争により、ジャーナリズムの理想と現実の隔たりが生じるようになってきた。両氏の新聞では時にはただ読者を獲得したいがために、まったく虚偽のストーリーをねつ造して掲載することもあった。ハーストは、「ニュースを報告したくはない。ニュースを作り出したいのだ」との発言で有名である。

 1897年夏のニューヨークにおいては同都市のマッサージ師が突如行方不明となり、その後遺体の一部が発見された事件が生じ、スキャンダラスな殺人事件として報じられた。遺体の頭部が発見されなかったため、その遺体が本人のものかの確認ができなかったことを受け、両紙はこの事件が読者獲得の絶好の機会と判断し、頭部を発見した人に1000ドルの報奨金を与えると発表したり、頭部発見のためにダイバーを雇って海を捜索させるなどの活動を行った。

 遺体の頭部発見者として子どもたちによる報告が報道されることもしばしばあった。あるときは、トミー・クーパーという少年が川で遺体の頭部を目撃し、恐怖を感じてそれをそのまま放置したと報道された。このような報道によって実際に警察が捜索に出ることもあったが、おそらくトミー・クーパーという少年自体が実在せず、メディアによって作り上げられた架空の人物に過ぎなかったと思われたため、事件の解決には至らなかった。そのような形で、遺体の頭部がニューヨーク市中至るところで発見された報道が生じた。さらに新聞編集者が一時間一ドルで作業員を2名雇い、ニューヨーク中で偽りの証拠をでっちあげるように指示していたことが申し立てられるようにもなった。

 このようなニュースの偽造は非倫理的であるものの、両紙はこの報道姿勢を止めることがなかった。というのも事実関係はともかくセンセーショナルな報道記事を多数掲載することで、大衆の注目を寄せ集め、確実により多くの購読者を獲得できるようになっていったからである。

 センセーショナルなニュースを報じることが結果的に読者獲得に寄与するため、「イエロー・ジャーナリズム」の蔓延によって、本当に必要な中核となるビジネスや宗教ニュースが報道される割合が少なくなり、より大衆受けのするセンセーショナルなニュースに焦点を当てて報じられる報道姿勢が次第に充満するようになってきた。ハーストは「大衆はただの情報よりも娯楽になるニュースを好む」事を受け入れる一方、「新聞の義務は物事が間違った方向に進んでいるとき、できる限り正しい方向に修正することにある」と考えていた。イエロー・ジャーナリズムが蔓延するに従い、毎日のように抗争や混乱に焦点を当てる報道がなされ、日常全ての出来事がまるで戦争であるかのような報道がなされるようになってきた。

 このようなイエロー・ジャーナリズムの汚点を残してきたにかかわらず、ピューリツァーとハーストの両氏は近代で最も偉大なジャーナリストの中に名を馳せるようになり、多くのジャーナリズムを専攻する学生が両氏の報道姿勢を学習し、ジャーナリストとしての参考にしている。ピューリツァーに至っては、著名なジャーナリストに与えられる賞の名前として使われるまでにもなった。

 しかしながら米CPでは、テクノロジー社会が発展した21世紀の社会においては、マードック氏に関しては両氏のような名声を保ち続けるような道を歩むのは困難ではないかと報じている。100年前の世界の読者に比べ、今日の世界の読者はより倫理的問題に敏感になっており、「盗聴問題」を寛容に見過ごすことはないと思われるからであるという。

 米CPでは、今後マードック氏が英読者らに同国の多様なメディア領域で大きな貢献をしてきたことをうまく印象づけることができるならば、名声を保つチャンスがあるかもしれないが、そのためにも今マードック氏の運命は、今回の盗聴スキャンダルをうまく切り抜けられるかどうかにかかっているのではないかと報じている。マードック氏の名もピューリツァーとハーストの両氏と同様に「イエロー・ジャーナリズム」の報道姿勢を扇情したにもかかわらず、偉大なジャーナリストのひとりとして名を残すことになるか、それとも「ウォーターゲート事件」のニクソン元大統領と同じ汚名を残す運命を辿るか、まさに分岐点に立たされている。

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