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神学の限界と突破口

神学の限界と突破口(5)第1章 主な論争と解決─「聖霊論」の論争 三谷和司

2026年6月22日20時50分 コラムニスト : 三谷和司
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関連タグ:三谷和司

聖書の引用は新改訳聖書第三版を使用する。そうでない場合は、その都度聖書訳名を表記する。ただし、聖書箇所の表記は、新改訳聖書第三版の表記を基に本書独自の「略語」を用いる。

─「聖霊論」の論争─

聖書の言葉の「表層」だけを見ると、矛盾して見える箇所は多々ある。例えば、「主の御霊がおられるところには自由があります」(Ⅱコリント3:17、新改訳2017)と語る一方で、「私は今、御霊に縛られてエルサレムに行きます」(使徒20:22、新改訳2017)とも語っている。

ここに、「自由」を与えるはずの御霊が、人を「縛る」という矛盾が生じるのである。こうした「表層」の矛盾を巡って、神学は対立を繰り返してきた。

しかし、対立の原因は、神の言葉そのものにあるのではない。それを受け取る人間の側の「霊的構造」を見落としてきたことにある。ここでいう「霊的構造」とは、神との関係における「人の状態」を指す。

前回の「贖罪論」の論争では、「霊的構造」を視座に据えて読み直すことで、対立が完全に統合されることを確認した。この統合原則は、今回の「聖霊論」の論争にも全く同じように当てはまる。

「聖霊論」とは、聖霊がどのように働き、どのように人を導くのかを説明する神学の総称である。聖霊の働きに関する御言葉の「表層」だけを読むと、2つの異なる教理が生まれ、ペンテコステ派と非ペンテコステ派という対立が起きた。

しかし対立は、神が人に語られる言葉の「表層」を支えている人の側の「霊的構造」を見れば、統合される。まずは、対立する2つの立場を確認しておこう。

【対立する2つの立場】

ペンテコステ派は、復活されたイエスが弟子たちに語られた次の言葉を根拠とする。

ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。(使徒1:5)

イエスは弟子たちに「聖霊のバプテスマを受ける」と言われたため、彼らは一つ所に集まり、約束のバプテスマを待っていた。そこに、次の出来事が起きた。

すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒2:2〜4)

これが約束の「聖霊のバプテスマ」であり、この「他国のことばで話しだした」という現象を「異言」と呼ぶ。この現象は次々に広がり、「パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした」(使徒19:6)と記されるに至った。

こうした御言葉の「表層」をそのまま信じ、「聖霊のバプテスマ」は救いとは別の第二の経験であって、それが「異言」であると主張するのがペンテコステ派の立場である。

一方、これとは異なる次のような御言葉がある。

なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。(Ⅰコリント12:13)

ここでは、全ての信者が「一つの御霊によって」既にバプテスマを受けているという。そうなると、聖霊のバプテスマは救いの瞬間に起こる出来事であり、救われた者は既に聖霊を受けているという理解になる。

さらには、「みなが異言を語るでしょうか。みなが解き明かしをするでしょうか」(Ⅰコリント12:30)とあり、「異言」を必須とはしていない。こうした御言葉の「表層」だけを読むと、「聖霊のバプテスマ」は救いと同時であり、「異言」は「聖霊のバプテスマ」の印ではないという立場が生まれる。これが非ペンテコステ派の理解である。

このように、聖霊の働きを教えている御言葉の「表層」だけを見ると整合性の欠如があるため、どの「表層」を「正」とするかで異なる教理が生まれてしまう。かといって、どちらも聖書の記述であるため、どちらも「聖書的」であると主張できる。こうして、教理の統合ができないまま対立してきた。

では、この対立の解決を図りたい。

【対立の解決】

御言葉は神が人に語られている以上、人の側がどのような状態にあるのかが分からなければ、御言葉の神意を知ることはできない。例えば、「絶対に水を与えるな!」という言葉を目にすると、その言葉を書いた人は愛のない冷血な者のように思えてしまう。

しかし、その言葉を書いたのは医者であり、その言葉を受け取ったのは、これから全身麻酔の緊急手術を受ける患者の世話をする看護師であったならどうだろう。「絶対に水を与えるな!」という言葉が一変して人を救う愛の言葉になり、それを書いた人は愛の人になるのである。

このように、言葉の意味を決定するのは、その言葉を語っている人と、それを受け取る側の関係である。御言葉の場合、神と人との関係が御言葉の意味を決定する。その神と人との関係を、本コラムは「霊的構造」と呼ぶ。

その構造が分かれば、人を助ける聖霊の働きには主に3つあることが見えてくるため、それを視座に据えて読み直せば、先に見た御言葉には矛盾がないことも明らかになる。では、その「霊的構造」の現状はどのようになっているのか。

◆ 死んでいる

神は「霊」であり──「神は霊である」(ヨハネ4:24、新共同訳)──、人もまた、「体」と「魂」によって機能する「霊」である──「あなたがたの霊も魂も体も」(Ⅰテサロニケ5:23、新共同訳)──。そして、人の「霊」と神の「霊」とは、元来「一つ」に結び付いていた。神がぶどうの木なら、人はその枝であった。「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です」(ヨハネ15:5)

ところが、悪魔の仕業によりアダムは罪を犯し、その罪に伴い、神と人とを分離する「死」が入り込み──「罪によって死が入り」(ローマ5:12)──、人は神との霊的な結び付きを失ってしまった。これを「死んでいる」という。「罪の中に死んでいた者」(エペソ2:1、新改訳2017)

この状態のままでは人は滅びるため、イエスは、「わたしにとどまっていなければ、その人は枝のように投げ捨てられて枯れます」(ヨハネ15:6、新改訳2017)と警告された。これが人の現状の「霊的構造」である。それは、神の「霊」との結び付きを持たない状態である。これが分かれば、聖霊の3つの主な働きが見えてくる。

◆ 救いの働き

聖霊の1つ目の働きは、人を救うことである。そこで聖霊は、人の「霊」と神の「霊」との結び付きを回復させる。そのことを聖書は、「人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」(ヨハネ3:5)と教えている。聖霊によって人は救われるゆえ、「御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」とある。聖霊による救いの働きは、主に非ペンテコステ派が強調する部分である。

しかし、霊的な結び付きが回復しただけでは不十分である。天に引き上げられるまでは「死」に支配された「死の体」を所持する以上、人の「霊」は「死の体」の影響を受け続けるからである。その影響とは、有限性の「死の体」では、永遠性の神が見えないということである。神に愛されている自分が、まるで見えないのである。

そのことで「不安」が生じ、その「不安」を人から愛されることで埋めようとして「この世の心づかい」に生きてしまう。加えてその「不安」を富でも埋めようとして「富の惑わし」に身を投じてしまう。イエスは、このことが御言葉をふさぐため、神からの平安な義の実を結ばないと言われた。「この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない」(マタイ13:22)

人はこうした状況にあるため、神との結び付きを回復したペテロでさえも、「不安」ゆえに人から愛されようと、神のことよりも人のことを思っていた。イエスはそうしたペテロを、「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」(マタイ16:23)と叱責された。

かといって、人のことを思ってしまう自分を自力で変えることなどできない。そのためペテロは、イエスが捕らえられると周りの目を恐れ、イエスなど知らないと三度も否認した。これでは伝道することなど不可能である。そこで聖霊には、次なる働きが求められた。

◆ 力を与える働き

聖霊の2つ目の働きは、力を与える働きである。人は良く思われる自分を優先してしまうため、伝道する力がない。従って、神の福音を広げるには伝道する力を与える必要があった。人の目を恐れる「不安」に打ち勝つ力を与える必要があった。そこでイエスは、聖霊のバプテスマについては次のように言われたのである。

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒1:8)

こうして、聖霊のバプテスマで力を受けた弟子たちは、人の目を恐れることもなく伝道ができるようになり、福音は全世界に広がることになった。これは使徒行伝に記されている現象であり、主にペンテコステ派が強調する部分である。

しかし、人の現状の「霊的構造」には、まだ根本的な問題が残されていた。それは、「死の体」が滅びゆく世界の「人間的な標準」の考えを持ち込んでくるという問題である。そのため、滅びない世界の「神の標準」で語られた神の言葉が信じられないのである。そこで聖霊には、次なる働きが求められた。

◆ 信じさせる働き

聖霊の3つ目の働きは、人が神の言葉を信じられるように助ける働き、すなわち信じさせる働きである。そこでイエスは、聖霊については次のように言われた。

しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネ14:26)

その結果、聖霊の助けを受けた人たちは、「イエスは主です」と信じられる告白ができるようになった。「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(Ⅰコリント12:3)。そして、この御言葉の続きに、「一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです」(同12:13)とある。これは、神の言葉を人は信じられないという「霊的構造」の問題を、聖霊が補うという意味である。

そもそも「バプテスマ」の意味は「浸す」であり、聖霊の働きが人の中にある「肉の思い」よりも優先するようになる状態を言い表している。このことは、人の現状における「霊的構造」の問題が、聖霊によって回復される様子を示している。

このように、聖霊の働きの御言葉の「表層」だけを見ると矛盾に思えるが、その言葉の「表層」を受け取る人の「霊的構造」が分かれば、それは矛盾ではないことが分かる。対立を解決する鍵は、「霊的構造」を視座にした読み直しである。そこから、どの御言葉の「表層」も欠けてはならないことが明らかになる。

つまり第一に、人の現状の「霊的構造」には神との霊的な結び付きがないため、聖霊が結び付きを回復してくださることを教えた「表層」が必要である。第二に、人の現状の「霊的構造」では人の目を恐れ、伝道が不可能となるため、聖霊が伝道する力を与えてくださることを教えた「表層」が必要である。

そして第三に、人の現状の「霊的構造」では神の言葉が信じられないため、聖霊が信じられるように助けることを教えた「表層」が必要となる。全ては同じ聖霊の働きであるゆえ、「一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者」(Ⅰコリント12:13)と語られているのである。

次回は、5つ目の論争「信仰と行い」について考察する(続く)。

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◇

三谷和司

三谷和司

(みたに・かずし)

神木(しぼく)イエス・キリスト教会主任牧師。ノア・ミュージック・ミニストリー代表。1956年生まれ。1980年、関西学院大学神学部卒業。1983年、米国の神学校「Christ For The Nations Institute」卒業。1983年、川崎の実家にて開拓伝道開始。1984年、川崎市に「宮前チャペル」献堂。1985年、ノア・ミュージック・ミニストリー開始。1993年、静岡県に「掛川チャペル」献堂。2004年、横浜市に「青葉チャペル」献堂。著書に『賛美の回復』(1994年、キリスト新聞社)、その他、キリスト新聞、雑誌『恵みの雨』などで連載記事。

新しい時代にあった日本人のための賛美を手がけ、オリジナルの賛美CDを数多く発表している。発表された賛美はすべて著作権法に基づき、SGM(Sharing Gospel Music)に指定されているので、キリスト教教化の目的のためなら誰もが自由に使用できる。

■ 神木イエス・キリスト教会ホームページ
■ ノア・ミュージック・ミニストリー YouTube チャンネル

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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