「祈りと断食で悔い改めを」 性的虐待受け、教皇が全信徒に向け書簡 日本語訳全文が公開

2018年9月1日23時54分 印刷
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+ローマ教皇フランシスコ
ローマ教皇フランシスコ(写真:Pixabay)
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聖職者らによる未成年者に対する性的虐待問題を受け、ローマ教皇フランシスコは、カトリック教会の全信徒に向けた書簡を発表した。「神の民への教皇フランシスコの書簡」と題したもので、「一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しむのです」(コリント一12:26)という使徒パウロの言葉を引用。被害者が受けた傷は決して消えるものではなく、こうした事態が二度と繰り返されないよう、教会全体で取り組む必要があると強調し、全信徒に向け「祈りと断食という悔い改めのわざ」を行うよう勧めている。書簡は8月20日付で、カトリック中央協議会が31日、公式サイトで日本語訳全文を公開した。

教皇の書簡は、米ペンシルベニア州で14日、カトリック教会の聖職者300人以上が過去70年間にわたり、未成年者約千人に性的虐待を加えていたとされる報告書が発表されたことを受けて出された(関連記事:過去70年で未成年者千人に性的虐待、米ペンシルベニア州 バチカンが声明「遺憾」)。教皇は書簡でもこの報告書に触れ、「傷は『決して消えません』。被害者の痛みは、天に届き、魂を揺さぶるうめき声ですが、長い間無視され、隠され、打ち消されてきました」とつづっている。

その上で、「自分たちが教会共同体として、本来いるべき場にいなかったこと、これほど多くのいのちに与えた被害の大きさと重さを認識していながら、時宜にかなった行動を取れなかったこと」を、「恥と悔い改めの念」を持って認めた。そして、前教皇ベネディクト16世がまだ枢機卿だった2005年に記したという、次の言葉を引用した。

「何とひどい汚れが、教会の中に、また、すべてイエスのものであるはずの司祭たちの間に見られることか。何という傲慢(ごうまん)、何という自己満足。弟子たちの裏切り、イエスの御からだと御血の不謹慎な拝領は、確かに、あがない主の最大の苦痛であり、彼の心を刺し貫くものです。魂のもっとも奥深いところから主イエスに向かって、主よ、あわれんでください、と叫び声を上げるほかありません。『主よ、わたしたちを救ってください』(マタイ8:25参照)」

また、聖職者らによる虐待問題を解決するには「連帯」が必要だと強調。すでに世界中で行われているさまざまな活動に触れつつ、「そうした活動に加えて必要なのは、一人一人の信者が、私たちにとって必要不可欠な、教会と社会の変革に参加するという自覚を持つこと」だと述べた。「教会活動の変革は、すべての神の民の積極的な参加なしには考えられません」と、信徒の参加の必要性を何度も強調しつつ、「聖職者至上主義(クレリカリズム)」を批判した。教皇は、聖職者至上主義が虐待の行われる多くの共同体に共通する要素だとし、「虐待に『ノー』と言うことは、あらゆる形の聖職者至上主義に断固として『ノー』と言うことなのです」と訴えた。

そして、祈りと共に断食がもたらす力を強調。また、十字架にかけられるところまでイエスの傍らに立ち続けたマリアの姿を取り上げ、「第一の弟子であるマリアは、同じ弟子である私たちが、無実の人々の苦しみの前で逃げたり、ひるんだりせずに、どのように振る舞うべきかを教えています」と述べた。

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