金融最前線から「ラーメン屋」へ 金森一雄さん、VIP船橋で講演

2015年12月23日23時02分 記者 : 守田早生里 印刷
+金融最前線から「ラーメン屋」へ 金森一雄さんVIP船橋で講演
自社製品のカップ麺を前に「すべては神様の導きだった」と話す金森一雄さん=12日、船橋市勤労市民センター(千葉県船橋市)で

「自分と仕事」が一番大切だったと話していた男性が、「神様と家庭」が一番大切な男性に変わった・・・。富士銀行・みずほフィナンシャルグループで37年間第一線で働いてきた銀行マン、金森一雄さん。現在は、日清食品ホールディングスの常勤監査役として勤務している。

その金森さんが12日、インターナショナルVIPクラブ船橋で講演を行った。1949年、東京生まれ。教育熱心な母と、召集令状を受けて一度は出兵するも、終戦後シベリアに抑留された経験のある父の下で育った。友人たちが、日が暮れて暗くなるまで外で遊んでいる声を聞きながら、母の「勉強しなさい!」の声に、毎日イヤイヤながらも勉強にいそしんでいたという。

大学を卒業後、富士銀行に入行。時は、「より早く、より高く、より美しく」の経済成長著しい時代。「当時、銀行マンには『セブン・イレブン』なんて言葉がありました。朝7時から夜は11時まで働くことが美徳とされていた時代です」と金森さんは話す。「弱肉強食」を、身をもって味わった。同期を蹴落としてまでも、上へ上へと這い上がることが銀行マンの務めだった。支店長を任され、銀行マンとしての成功を手中に収めたかのように見えた45歳のとき、転機が訪れる。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のバブル絶頂期、金融業は忙しさを極めた。体調を崩したある日、入院した病室で、部下からもらった聖書に目を落としていると、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコ2:17)が心に迫ってくるのが分かった。今まで走り続けてきた自分を悔い改め、これからは神様と家族のために生きていきたいと思うようになった。1994年11月に受洗。「取税人のマタイがイエスの弟子になった時のようだ・・・と笑われました。今まで、『いかに合理的にお金を稼ぐか』ばかりを考えてきた銀行マンですからね」と笑う。

一方、金森さんの妻、涼子さんは、結婚して以来、銀行マンの妻として、1児の母として、忙しい夫を陰で支え、家庭では孤軍奮闘してきた。「お金を生む社会だけが全てだ」と口癖のように話す夫に、家事を分担することなどできるはずもなく、年末の大掃除もお正月の準備もすべて1人でやってきた。子育てで悩んだときも、夫に相談することもできなかった。「君の話はいつもくだらない」と言われれば口をつぐみ、夫との価値観の差に自分を見失いそうになった日もあった。夫は出世をして、涼子さんたち家族は、何不自由なく生活してきた。家も建てた、国内外に旅行も行った。「表向きは、幸せをつかんだように見えたが、私の心は満たされなかった」と涼子さんが書いた証し「コッペパンとおにぎり」の中でつづっている。

しかし、結婚から17年経ったある日、涼子さんはやっと幸せを見つけることができた。その日は、朝から夫と散歩に出掛けていた。新緑薫る春の日だった。穏やかな天気、目に映る緑の鮮やかさ、そして爽やかな風。そんな瞬間を2人で楽しんでいると、近所に住む友人が「絵に描いたような幸せですね」と声を掛けてくれた。朝から昼近くまで歩き、ポケットには1500円ほどしか入っていなかったが、コンビニで買ったおにぎり2個とコッペパン一つ、そして小さな牛乳を買い、それを2人で分け合って食べた。「こんなささやかな小さな日々の積み重ねが、私は欲しかったのです。あなたには理解できないことかもしれませんけれど、一緒に泣いたり、笑ったりしたいのです。夕ご飯も一緒に食べたいのです。いつも寂しかったから」と証しを結んでいる。

涼子さんも金森さんの受洗から4年後に受洗、1人娘もその4年後に受洗している。しかし、受洗には反対しなかったものの、金森さんの父親は「伝道するなら、実家に帰ってくるな」と、実家で聖書の話をするのを極端に嫌った。年々年老いていく両親を見ているうちに、「早く救われてほしい」と気持ちばかりが焦った。そんな折、いよいよ2人とも自宅での介護が難しくなり、介護施設に転居することに。

転居して間もなく、牧師に「両親の施設を訪問してもらえないか」と提案。すぐに実行された。耳も遠くなっていたが、「一雄さんが、お父さんとお母さんとずっと一緒にいたいと言っていますよ。イエス様を信じましょうね。信じれば、ずっと一緒にいられますよ」と話をすると、父親はすんなりと牧師の話を受け入れた。その日のうちに信仰を告白し、その数日後には、両親ともに受洗。母91歳、父98歳のときであった。「一時でも、両親の救いを諦めた自分が恥ずかしかった。神様にできないことは何一つないのです」と金森さんは話す。

それから6カ月後、母が召天した。「今から考えると、すべてが神様のご計画だったのだと思う。本当にこの地上の務めを全うするギリギリのタイミングでしたが、信仰を告白し、イエス様を受け入れて、今は神様のみもとにいると思うと安心ですね」と話した。

仕事と自分だけが全てだと思っていた「企業人」から、家族の救いを祈り、愛読書は聖書と話す「信仰者」へと変えられた金森さんの半生は、この日、VIP船橋を訪れた人々にもたくさんの勇気と神の愛を分け与えた。

次回のVIP船橋は、1月9日(土)午後5時半から船橋市勤労センターで。元巨人軍の選手で、現在は東京基督教大学でも教鞭をとる中澤秀一さんをゲストに行われる。

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