400年前の南蛮料理再現し給食に 長崎の教会郡と食育を通して継承される「東洋の奇跡」

2015年2月5日17時04分 印刷

長崎県南島原市で、400年前に食べられていた南蛮料理を再現した学校給食が1月30日、同市北有馬町などの6つの小中学校・幼稚園の計480人に提供された。地元の長崎新聞が報じた。

同市には、キリシタン大名の有馬晴信の居城で、世界遺産登録を目指している「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産の一つである日野江城跡がある。長崎の教会群は、日本で現存する最古の教会として国宝に指定されている大浦天主堂(長崎市)など、13の資産で構成されている。長崎におけるキリスト教の伝来と繁栄、また激しい弾圧と250年もの潜伏、そして奇跡の復活という、世界から「東洋の奇跡」と称される歴史の証となる貴重な資産として、世界遺産への登録を目指している。

同紙によると、南蛮料理を再現した今回の給食は、世界遺産市民協働会議が「食」を通じて当時の地元の繁栄を伝えるとともに、世界遺産登録への理解を深めてもらおうと、全国学校給食週間(1月24~30日)に合わせて行ったもの。

現代の日本では、長ネギや唐辛子を使用した料理の用語に「南蛮」の語が使われることが多いが、元々「南蛮」とは中華思想での敵への蔑称だった。しかし、日本では奈良時代の頃には「胡」という字と同じく“未知の文明”というニュアンスで使われるようになったいう。

そのような背景から、1543年にポルトガル人が種子島に渡来して以降、さまざまな料理関係の書物や料亭のメニューに、「南蛮料理」という言葉が出てくるようになった。当時は欧州のマリネやエスカベッシュ(南蛮漬けの原型と考えられている)、中華料理、インドのカレー料理まで「南蛮料理」と呼び、やがて長崎に伝わる「しっぽく(卓袱)料理」などに取り入れられていった。この名残として、「カレー南蛮」や「鴨南蛮」「チキン南蛮」など、特徴的なスパイスの使われ方をする料理を指す用語として、“南蛮”が残った。

南島原市では2013年から長崎の教会郡の世界遺産登録を後押ししようと、南蛮料理の普及推進事業がスタート。キリスト教弾圧のため、当時の料理文化はさほど残っていないが、文献などからのレシピの再現を行っており、そうした試みを同市のホームページ上で紹介している。

この日の献立は、スペインのパエリアをもとにした「南蛮れうり」やポルトガル風の汁物、カレー風味の鶏の蒸し焼きなど。同紙によると、日野江城跡に近い市立有馬小学校の6年生は、南蛮料理について調べた内容を班ごとに発表。郷土の歴史を再確認した。給食をおいしそうに食べた男子児童(12)は「和食より味が濃いものもあったので、昔の日本人はびっくりしたと思う」と話した。

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