4地域の関係者集い「隠れキリシタンの里サミット」 歴史遺産から地域活性化を考える(1)

2014年11月24日12時18分 記者 : 土門稔 印刷
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隠れキリシタンゆかりの4地域から代表者が参加した「隠れキリシタンの里サミット」の様子。左から、上杉和央氏(京都府立大学文学部准教授)、黒須靖之氏(茨木市教育委員会)、山岡浩二氏(津和野の自然と歴史を守る会副会長)、中園成生氏(平戸市生月町博物館「島の館」学芸員)、後藤篤美氏(竹田市南蛮文化振興室室長)=22日、茨木市福祉文化会館ホール(大阪府茨木市)で

「隠れキリシタンの里サミット」(同実行委など主催)が22日、大阪府の茨木市福祉文化会館ホールで開催された。隠れキリシタンゆかりの地として知られる、茨木市、島根県津和野町、長崎県平戸市生月(いきつき)島、大分県竹田市の関係者が集まり、その実態や、歴史遺産を通しての町おこしについての発表と意見交流が行われ、会場には300人以上が訪れ熱心に耳を傾けた。

基調講演ではまず、京都府立大学の上杉和央准教授(文化遺産学)が、京都の宇治市を例に歴史遺産を通じての町おこしについて発表。建物や遺物など「点」だけではなく地域全体で「面」として捉えなおす試みから、生活、歴史、自然の3つを合わせて地域らしさを見つめ直すことで、観光資源として町おこしを進めてきた事例を紹介した。

続いて、キリシタンの里として知られる各地域からの発表が行われた。

大阪府茨木市からは、市教育委員会の黒須靖之氏が発表した。茨木では、1573年に高山右近が高槻城主となり、現在の茨木市の千提寺・下音羽地区も所領となったことからキリスト教が広がった。1581年には領内のキリシタン1万人が集まり復活祭が行われ、藩内だけで約20の教会があったと紹介した。

4地域の関係者集い「隠れキリシタンの里サミット」 歴史遺産から地域活性化を考える(1)
1987年に開館した茨木市立キリシタン遺物史料館

その後、豊臣秀吉や江戸幕府による禁制下も信仰は密かに受け継がれ、1919年に地元の住職がキリシタン墓碑を発見し、付近の蔵にあった “あけずの櫃(ひつ)”から、「聖フランシスコ・ザビエル像」(重要文化財)や「マリア十五原義図」(大阪府有形文化財)などが発見されたという。1987年には、キリシタン遺物史料館が開館し、2011年からはキリシタン遺物の企画展を行っているという。

続いて、島根県津和野町について、地元の郷土史家である山岡浩二氏が、明治期、長崎の浦上で捕縛された多くのキリシタンが各地に流され(浦上四番崩れ)、そのうち計153人のキリシタンが津和野に送られ、厳しい迫害・拷問を受け、36人の殉教者を出した歴史的背景について説明した。

江戸時代のキリシタン禁制は明治政府にも引き継がれ、太政官らにより全国の藩にキリシタンが配流された。わずか4万3000石の津和野藩は30人の割当てであったが、5倍の153人の信徒が流され、また高木仙右衛門などリーダー格の信徒が多く送りこまれた。これには理由があったという。

当時、明治新政府は、神道を国家宗教とする「祭政一致」を進めていたが、その根本には津和野藩の国学者・大国隆正が唱えた「津和野本学」と呼ばれる国学思想があった。そのため、津和野は藩の威信をかけてキリシタンを「改心」させねばならない事情があったという。そこから、三尺(約1メートル)の木製の立方体の牢(ろう)「三尺牢」に数十日監禁するなど、老人から女性、子どもに至るまで過酷な迫害が行われた。1873年に欧米各国の抗議によりキリシタン禁制の高札が撤去されるまで、津和野では36人の殉教者を出したという。

4地域の関係者集い「隠れキリシタンの里サミット」 歴史遺産から地域活性化を考える(1)津和野で拷問に使われた「三尺牢」の再現模型4地域の関係者集い「隠れキリシタンの里サミット」 歴史遺産から地域活性化を考える(1)生月島で使用されていたオテンペンシャと呼ばれる苦行の鞭

現在は毎年5月3日に、多くの信徒が命を落とした乙女峠に全国からカトリック信者が集まり、記念行事を行っているという。3千人以上がマリア像を先頭にして祈りをささげながら、町の中心部にある教会から山中の乙女峠を目指して厳かに行進し、乙女峠祈念堂の前で野外ミサを行うという。

さらに、今年からは殉教した36人を聖人とするよう、バチカンに列聖申請を行う運動が始まり、地元の商工会議所や観光協会も協力して、すでに町民約1千人の署名が集まっているというニュースも紹介された。

日本で唯一現在も隠れキリシタンの信仰が受け継がれている長崎県平戸市の生月島からは、捕鯨や隠れキリシタンの歴史博物館である生月町博物館「島の館」の学芸員、中園成生氏が講演した。かつて九州では、隠れキリシタンの信仰組織は、熊本県天草市や平戸島、五島列島、その他沿岸の外海地方にも残っていたが、高齢化で次々と消滅していき、いまや最後に残っているのは生月島だけだという。

中園氏は長年の調査・研究に基づいて、隠れキリシタンの信仰組織などを説明。さらに、聖水やオテンペンシャと呼ばれる苦行の鞭、お掛け絵(聖画)などの道具やさまざまな年中行事を、スライドで紹介した。また、行事中に唱えられるオラショと呼ばれる祈りの文句については、「キリシタン」と「隠れキリシタン」、また「カトリック」における文章を比較して紹介するなどした。

通常、教会では宣教師によって祈りの言葉や解釈は、言葉の時代変化と共に少しずつ変わっていくというが、禁制により一人も宣教師がいなくなった生月では、言葉を全く変えることなくそのまま口伝えで伝えられ、保存されてきたという。

長崎生月の隠れキリシタンの家の様子
長崎県平戸市の生月島で現在も信仰が続く隠れキリシタンの家の様子

また生月では、家の中で仏壇や神棚も供えられており、葬儀ではキリスト教的な儀式と同時に、「枕経」や「通夜」「野辺送り」なども行われており、「隠れ信仰」と「仏教」の2つの儀礼が一通り行われていることなども写真で紹介された。

これまで隠れキリシタンは、主にキリスト教の研究者からは、本来のキリスト教の教義から離れていく中で、正しい信仰が崩れ、変容していったという「禁教期変容論」として捉えられてきた。しかし近年の研究で、かくれキリシタン信者はかくれ信仰とともに仏教や神道にも帰依しているが、混在しているのではなく、個々の信仰は独立した「並存」の形であることが明らかになっており、社会学や考古学、宗教学、歴史学など多様な面から研究が行われ、新たな理解と研究が進みつつあることが報告された。(続く

■ 隠れキリシタンの里サミット:(1)(2)

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