マタイ13章で語られた7つの神の国のたとえの6番目が、「高価な真珠を探す商人のたとえ」です。
- 「畑に隠された宝を見つけた農夫のたとえ」との類似点と相違点
- ここでの注目すべきギリシャ語
- 当時の真珠の文化的・歴史的背景
- 高価な真珠を探す商人についての考察
- 神の国の民としての生き方への問いかけ
1.「畑に隠された宝を見つけた農夫のたとえ」との類似点と相違点
「畑に隠された宝を見つけた農夫のたとえ」(マタイ13:44)との類似点と相違点について、最初に述べます。
類似点は、神の国に莫大(ばくだい)な価値があり、発見者自身が喜びのあまり、持ち物全てを売って手に入れることです。類似したたとえを2つ並べることで、読者へのインパクトが強化されます。
実は、お金に非常に敏感な元取税人のマタイ自身が、身をもってこの真理を証ししています。
相違点は、偶然か、意図的かです。「畑に隠された宝を見つけた農夫」の場合は、生活に貧窮している当時の農夫が、隠された宝を仕事中に偶然発見します。
一方、「高価な真珠を探す商人」の場合は、「高価な真珠を探す」という明確な意図と目的があります。
2. ここでの注目すべきギリシャ語
新約ギリシャ語インターリニアのマタイ13章45、46節から説明します。


「商人」と訳されたギリシャ語は「ἔμπορος(エンポロス)」です。エン(中に)+ ポロス(航海、旅)から派生したこの語は、海を渡り、危険を冒して高価な品を扱う人、特に、国際的取引を行う裕福な商人を指します。新約聖書では他に、黙示録18章に4回出てきます。
- 「地上の商人たちは、彼女の極度の好色によって富を得たからである」(3)
- 「また、地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しみます」(11)
- 「これらの物を商って彼女から富を得ていた商人たちは」(15)
- 「おまえの商人たちは地上の力ある者どもで」(23)
「高価な」のギリシャ語は「πολύτιμος(ポリュティモス)」で、形容詞「πολύς(ポリュス:多くの、大いなる)」と「τιμή(ティメー:価格、名誉)」に由来する語です。金銭的価値が極めて高いことを指しています(真珠について:マタイ13:46、香油について:マタイ26:7[異読]、ヨハネ12:3)。
「ζητοῦντι(ゼートゥンティ)」は、動詞「ζητέω(ゼーテオー:探す、探求する)」の現在分詞・能動態・与格・男性・単数です。この動詞は、マタイ6章33節で「神の国とその義とをまず第一に探しなさい」と命じられる箇所にも出てくる極めて重要な動詞です。
3. 当時の真珠の文化的・歴史的背景
当時の真珠がいかに隔絶した価値を持っていたか、歴史的な証拠と文献的背景から詳述します。
①古代ローマにおける「最高位」の身分象徴
古代地中海世界において、真珠(μαργαρίτης:マルガリテース)は単なる宝石ではなく、「富そのもの」と見なされていました。上流階級のユダヤ人女性も真珠の装飾品を着けていました。エルサレム神殿の大祭司の胸当てには真珠が使われていました。
- プリニウスの証言:ローマの博物学者プリニウスは、その著書『博物誌』の中で、真珠を「あらゆる貴重品の中で第一位を占めるもの」と明言しています。金やダイヤモンド(当時は研磨技術がなく原石のまま)よりも、天然で完璧な光沢を持つ真珠が上位に置かれていました。
- ロリヤ・パウリナの逸話:プリニウスは、皇帝カリグラの妻パウリナが、さほど重要でない宴席に、現在の価値で数十億円に相当する真珠の装飾品(約4千万セステルティウス相当)を身にまとって現れた様子を記録し、その異常な高価さを強調しています。
②クレオパトラの「世界一高い飲み物」
真珠の価値を裏付ける最も有名な歴史的エピソードは、エジプト王妃クレオパトラによるものです。
- 賭けの証拠:彼女はアントニウスとの賭けで、「1回の宴会に1千万セステルティウス(当時の軍団兵数千人の年収に匹敵)を費やす」と宣言しました。
- 溶解の儀式:彼女は耳から巨大な真珠を取り出し、それを酢の入った杯に溶かして飲み干したと伝えられています。これは「破壊しても惜しくないほどの富」を見せつける究極の誇示であり、真珠が当時の富の到達点であったことを示しています。
③経済的価値と軍事費
真珠は持ち運びが容易で、極めて換金性が高い「資産」でした。
- 軍資金としての真珠:ローマの将軍アウルス・ウィテッリウスは、母親の耳飾りから外した一粒の真珠を売却することで、軍隊遠征の全費用を賄ったといわれています。一粒の真珠が、数千人の兵士の給与、食糧、武器に化けるほどの経済力を持っていました。
④採取の困難さと希少性
当時、真珠は主にインド洋やペルシャ湾で採取されましたが、潜水技術が未発達な時代、それは命懸けの作業でした。
- 命の代償:熟練の潜水夫がサメの脅威や潜水病のリスクを冒して深海から引き揚げた数千の貝の中に、ようやく一粒の「完璧な真珠」が見つかるかどうかという確率でした。この希少性が、「唯一無二の価値」というマタイ13章の比喩に重みを加えます。
このように、真珠は1世紀の地中海世界で「宝石の王」と呼ばれるほど高価で、金・宝石・紫布よりも上位に位置付けられた「超富裕層専用」の財産、皇帝や最高階級の富の象徴でした。
そのため、マタイ13章45、46節のたとえは、当時の聴衆にとって「人生を丸ごと売り払うほどの絶対的価値」を直感的に理解させる、最も強烈な経済的イメージを与えるものでした。
4. 高価な真珠を探す商人についての考察
当時の高価な真珠を探す商人は、国際的取引を行う裕福な商人、真珠に特化した商人として、以下のように真珠の品質を見極めることのできる、卓越した専門的知識と豊かな経験の持ち主でした。
- 真珠の価値は、大きさ・形の整い・光沢・透明度・重量によって決まる。最も高価なのは、完全な球形で、火のように輝き、内部に光を宿すものである。
- 形が歪んでいたり、表面に傷があったり、曇りがあるものは価値が下がる。 真珠の鑑定は非常に難しく、熟練した商人だけが真価を見抜く。
- 真珠は、磨くことで光沢を増すが、過度に磨けば価値を損なう。
- 偽物の真珠も作られた。ガラスや石を磨き、真珠のように見せかける技術が存在した。しかし、熟練の商人は、重量・光の反射・表面の質感によって偽物を見抜く。
さらに、大規模な取引には相当な資本が必要でした。また、海上貿易は危険を伴い、ハイリスク、ハイリターンの世界に生きていました。目先の安楽や現状に満足しないで、あくまでも最も高価な真珠を探してやまない心の持ち主でした。
5. 神の国の民としての生き方への問いかけ
この文脈を踏まえると、たとえの中の商人が「良い真珠」を探し求め、一つの高価な真珠を見つけて全財産を売り払うという行動は、当時の読者にとって決して誇張ではなく、現実に存在した富豪たちの行動様式そのものだったことが分かります。
では、最も高価な真珠とは、何を指しているのでしょうか。使徒パウロが、まさにこのたとえで示された者でした(ピリピ3:13、14参照)。
神の国の絶大さに感動し、人生を全てささげた無数の人々の中から有名な名を挙げると、聖書の翻訳のために労苦したウィリアム・ティンダル、ジョン・ウィクリフ、近代海外宣教の父ウィリアム・ケアリ、OMFインターナショナルの創設者ハドソン・テーラーなどがいます。
私たち一人一人も、この高価な真珠を探していくように招かれています。
祈り
天の父よ、あなたの御国の計り知れない価値を、真珠のたとえを通して教えてくださり感謝します。私の心の目を開いて、この世の全てのものを超える、キリストを知ることの素晴らしさを見させてください。
私が全てをささげる価値があるほどに、あなたの御国を愛することができますように。そして、この真理を日本の人々に、愛と確信をもって伝えることができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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