マタイ13章44節の「畑の中に隠された宝を発見した農夫のたとえ」は、当時だけでなく、今も、全ての読者の心をかき立てるものがあります。
主イエスは、このたとえと、次の高価な真珠を探す商人のたとえを通して、神の国には途方もない富と財宝が埋められており、発見した人は全人生を喜んで差し出すという真理に光を当てています。
今回は、以下のように展開させていただきます。
- 当時の農夫の社会的立場
- 宝を発見する偶然の機会
- 発見した宝の所有について
- 「隠されている」ことの文法的、神学的意味
- 宝が畑に隠されている神の意図
- 宝を発見した人々
- 隠された宝はあなたを待っている
1. 当時の農夫の社会的立場
この時代のユダヤ・ガリラヤは、典型的な農村社会で、大多数は小規模農民・小作人・日雇い労働者でした。ローマへの税、ヘロデ家・地方支配者への税、神殿税など、重層的な税体系の中で、税や不作を補うための借金は高利で、返済不能になると土地を担保として失うことが多かったそうです。
ここに登場するのは、他人の畑で働いている日雇いの農民、あるいは小作人と考えられます。ですから、毎日が生活不安で、人生への展望のなさに打ちのめされ、社会的弱者としての圧迫と嘆きの中で仕事に出かけなければならない生活を送っていたのではないでしょうか。
2. 宝を発見する偶然の機会
1世紀のユダヤ社会では、繰り返される戦争や強盗のため、「財宝を地中に埋める」慣習が一般的でした。歴史をひも解くとき、シリヤとエジプトとの度重なる戦争で踏み荒らされていた土地の下に膨大な財宝が埋まっていても、表面は荒れ地だったり、畑として耕作されていたりしました。
このため、「畑の中に隠された宝」を発見することは、人々の関心の的になる話題でした。現代も宝探しをしている人々がいますが、当時もそうした人々がいたとの後代の証言があるそうです。また、宝を見つけて興奮し過ぎて倒れる者もいたという逸話が残っています。
この農夫の仕事が通常の畑作業か、荒れ地を耕作地にする仕事であるかは不明です。しかし、鍬で土を掘り起こす作業をしているとき、何かが違うと感じて掘ってみると、そこに莫大(ばくだい)な財宝が埋まっていたのを発見しました。
夢に見たようなチャンスの到来です。即座の行動は、それを隠したことです。
3. 発見した宝の所有について
当時の法律では、畑に埋まっていた財宝は、土地所有者のものでした。ですからこの農夫は、何とかしてこの土地を自分の所有地にしたいと思って、必死に働いたり、考えられる可能性を全部当たってお金を集めたりして、土地所有者と話を進めていきました。
以下のギリシャ語原文では、「ἀπό τῆς χαρᾶς αὐτοῦ〔アポ・テース・カラス・アウトゥ〕」です。前置詞「ἀπό〔アポ〕」は「~の中から外に」を意味します。口語訳では「喜びのあまり」と訳出しており、この農夫の内側から外に喜びが湧き出ている様子が伝わってきます。
「彼が持っているもの全部を売ってその畑を買います」。この大胆な行動の動機は、犠牲でも、社会的な見栄や責任でもなく、内側から湧き出てくる圧倒的な喜びでした。

4.「隠されている」ことの文法的、神学的意味
隠された(κεκρυμμένῳ〔ケクリュンメノー〕)は「κρύπτω〔クリュプトー:隠す、見えなくする、秘密にする〕」の完了形受動態単数の分詞です。完了形は、動作が既に完了して、何があっても決して変えられない状態を示しています。
また、受動態であることは、宝が偶然ではなく、持ち主の意図が働いて隠されていることを示しています。実に興味深いことに、新約聖書で全く同じ語の完了形受動態が複数形「κεκρυμμένα〔ケクリュンメナ〕」で出てくるのが、マタイによる福音書13章35節での、詩篇78篇2節からの引用で「たとえ話を、世界の基が据えられたときから隠されていることを語ろう」(新改訳2017)です。
ここでの「隠されていること」の複数形は、13章44節の単数の「θησαυρῷ〔セーサウロー:宝〕」(原形は「θησαυρός〔セーサウロス〕」)が、実は多くの内容を含んでいるものであることを示唆しています。また、この語に冠詞が付いていないことから、特定の宝ではなく、宝としての特質を持ったものであることを示しています。
5. 宝が畑に隠されている神の意図
マタイ11章25節「……これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現してくださいました」でのように、「κρύπτω〔クリュプトー:隠す、見えなくする、秘密にする〕」が、マタイによる福音書に最多の7回出てきていること、また、神が行為の主体者であることを避ける完了形受動態分詞がマタイによる福音書に特に頻出することを考慮するとき、神が「途方もない富」を主権的に隠し、かつ、どんな時にも全ての人を驚くような人生に招いていることを示しています。
マタイ13章3節、10節、13節以後で、たとえ(παραβολή〔パラボレー〕)が、「παραβάλλω〔パラバロー:脇に投げる・並べる〕」から派生した名詞であることを知るとき、これこそ、たとえの用法の真骨頂ではないでしょうか。
6. 宝を発見した人々
もちろん、無数の人々がいますが、以下では、私の独断と偏見で、隠された宝を見つけた過去の人々、現代の人々の一端をリストアップしていきます。
- 聖アウグスティヌスの「取って読め、取って読め」との声が聞こえた体験
- 聖フランチェスコが献身へ導かれた2つの決定的機会
- マルティン・ルターの信仰義認への道と「塔の体験」
- ジョージ・ホイットフィールドの霊的覚醒
- ジョン・ウェスレーの「心が不思議に熱くなるのを感じる」体験
- ドワイト・ムーディーのボストン靴屋での回心(1855年)、シカゴの貧民街での日曜学校の開設
- ジョン・G・レイクの妻ジェニーの奇跡的回復(1898年)
- 世界的ペンテコステ運動への拡大の起点となった、ウィリアム・J・シーモアによるアズサ通りの「始まり」の出来事
- アルゼンチンリバイバルの象徴的伝道者カルロス・アナコンディアの回心と続く聖霊によるバプテスマ
- ジョン・アーノットと「トロント・ブレッシング」
- コロンビアのセザール・カステヤノスを代表とする「G12ビジョン」の世界的展開
- アルゼンチンのホルヘ・レデスマを代表とする「神の愛のインバシオン」の世界的展開
日本で特に注目する例証
- 内村鑑三の札幌とアマーストでの信仰の転機
- 全国での神癒の爆発に用いられた柘植不知人の1916年の聖霊のバプテスマ
- 「不可能は挑戦となる(Impossibilities Become Challenges!)」とのモットーの生駒聖書学院創設者レオナード・W・クート
- 日本ホーリネス教会の形成とリバイバルの引き金になった中田重治の「信仰の転機」
- 聖書神学舎創設者、新改訳聖書の翻訳・編集主事として中心的役割を果たした舟喜順一氏の東京帝国大学文学部での自主退学と、インパール作戦に従軍して英国軍の捕虜、通訳として生死の境を経験したことなど
7. 隠された宝はあなたを待っている
宝の発見が偶然であること、また、神の国に人生を全く変える宝が隠されていることを知るとき、私たちは、この農夫に起こったことが自分にも起こることを期待して、ワクワク毎日を過ごすことができるのではないでしょうか。ハレルヤ!
※ 参考文献
J・エレミアス著、善野碩之助訳『イエスの譬え』(1969年、新教出版社)
C・H・ドッド著、室野玄一、木下順治共訳『神の国の譬』(1964年、日本基督教団出版局)
ジョージ・E・ラッド著、島田福安訳『神の国の福音』(1965年、聖書図書刊行会)
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