主の御名を賛美いたします。日々、信仰生活を歩む中で、自分の不敬虔な行いを捨て去り、罪のない、神を敬う人生を送るためにはどうすればよいのかと悩んだことはありませんか。皆さんの中には、罪深い思いや行いが繰り返されるあまり、自分自身を責めてしまっている方がおられるかもしれません。
しかし、そのような状況にあっても、私たちには希望があります。
こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。(へブル12:1、2)
聖書は、自分の罪を脇に置き、ただキリストに目を留めるよう教えています。キリストに目を留めるとき、私たちは御霊、すなわち神の御言葉の実である平安を体験するのです(参照・ガラテヤ5:22、23、Ⅱテモテ3:16、ヨハネ4:24)。
今日、自分の罪深さに煩わされることなく、キリストに目を向け続けましょう。そうすることで私たちは、自然体で御言葉の実を結び、超自然的な神の栄光を現す者へと変えられていくのです。
GOD BLESS YOU!
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