元教皇故ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂犯、司祭になることを希望

2016年7月16日05時44分 印刷
+元教皇故ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂犯、司祭になることを希望
故ヨハネ・パウロ2世が1981年に銃撃されたバチカンのサン・ピエトロ広場の現場。当時、ヨハネ・パウロ2世が立っていた場所には、金属板が設置されている=2007年(写真:ProhibitOnions)

米ボストン・グローブ紙が運営するカトリック系ウェブサイト「クラックス」によると、先々代のローマ教皇故ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂犯であるトルコ人男性が、カトリックの司祭になることを望んでいるという。

1981年にヨハネ・パウロ2世を銃撃し、重傷を負わせたメフメト・アリ・アジャ氏(58)は、大聖年の2000年に教皇の恩赦によって釈放されたが、現在は「トルコで時間を無駄にしている」という。アジャ氏はイタリアの刑務所で19年、トルコの刑務所で10年服役した。

アジャ氏はイタリアのテレビネットワーク「カナーレ5」に、「ここトルコで、私は自分の時間を浪費する年金生活者として生きています。それで私は、教皇フランシスコに訴えたいのです。私をバチカンに迎えてください。私は司祭になります」と語った。

バチカンのサン・ピエトロ広場での暗殺未遂事件から2年後の1983年、ヨハネ・パウロ2世は獄中のアジャ氏の元を訪問した。アジャ氏はそれ以来、聖書を勉強しているという。「ヨハネ・パウロ2世が牢獄にいる私を訪問してくださった後、私はそのことについて考え、福音書を詳しく勉強しました。私は多くの他の人たち以上に聖書を知っています。もし教皇が私を歓迎してくれるなら、私は司祭となり、もし教皇が私にそうするようにとお望みになるなら、ミサを執り行うでしょう」

しかし、トルコの愛国者集団「灰色の狼」の元メンバーであるアジャ氏はここ数年、暗殺を試みた動機も含め、一連の奇妙な発言をしており、その信ぴょう性がどれほどのものか疑わしい点もある。

2005年には、ヨハネ・パウロ2世がパーキンソン病のため闘病していたとき、世界がすぐに終わると告げる手紙を教皇に書き送っている。

また10年には、自分自身をイエスと見なすことを示唆するような発言もし、「3日後、私はあなたに会うだろう。全能の神の御名において、私は今世紀中に世界の終わりを宣言する。全世界は破壊され、あらゆる人間は死ぬだろう。私は神ではない。私は神の子ではない。私は永遠のキリストである」などと述べている。

※この記事は英国クリスチャントゥデイの記事を日本向けに翻訳・編集したものです。一部、加筆・省略など、変更している部分があります。

関連記事

クリスチャントゥデイからのお願い

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。記事の一つ一つは、記者や翻訳者、さらに編集者の手などを経て配信されているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。

この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、毎月定期的にサポートする「サポーター」として(1,000円/月〜)、また単発の「サポート」(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済で可能です。申し込みいただいた方には、毎週のニュースやコラムをまとめた申込者限定の週刊メールマガジンを送らせていただきます。サポーターやサポートの詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。


国際の最新記事 国際の記事一覧ページ

新型コロナウイルス特集ページ

人気記事ランキング

おすすめのコンテンツ【PR】

コラム

主要ニュース