性善説的人間観のブレーキを解く試み(1) 堀越暢治

2014年8月26日11時42分 コラムニスト : 堀越暢治 印刷
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われわれ日本人の人間観は、性善説的人間観です。ところが聖書の人間観は性悪説の人間観です。ですから、日本人の人間観の方がよいと思われがちです。しかし問題は、どちらがよいかではなく、どちらが本当の人間の姿を言い当てているか、なのです。

この考え方は、教育・宗教に大きく影響しますから、真実の姿をよく調べる必要があります。

(1)聖書の人間観

1. 人間は初め、全知・全能者のかたちに似せて、はなはだよく造られました。
2. ところが、その力が災いして(いろいろできる力があったから)人間は創造主の禁止を犯して裁きを受けてしまいました。
3. それで、肉体も魂も汚れた者とされてしまいました。
4. 環境までダメになりました。
5. そして人間は、死と裁きを受ける、悲惨な人生を送ることになりました。

(2)主イエスの人間観

主イエスは、人に入るものが人を汚すのではなく、人から出るものが人を汚すといわれました。

「内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです」(マルコ7:21~23)

① 神道とキリスト教の違い

神道の六根清浄の考え方は、人間の本性は生まれつき清く、生活中に外側に汚れがつくので、外側を払えば清くなると考えてお払いをします(性善)。

聖書の教えは、今の生まれつきの人間は中が汚れている。中からそれが出てくると教えています(性悪)。

ですから、どちらの教えが気に入るか、優れた考えかではなく、どちらが本当の人間の心を表しているか――どちらが本当の自分の姿か――ということを考えるべきです。

次の絵は、自分の心の判断を助けてくれるでしょう。

性善説的人間観のブレーキを解く試み(1) 堀越暢治

残念ながら私は、聖書の人間観の方が自分の心をよく表していると思います。他力の救いのキリスト教を信じ、子どもは小さいときからしっかりしつけないとダメだと考え、しつけをする幼児教育をしてきているのはそのためです。

聖書の人間観に立つと、自力救済は不可能です。聖書が他力の救い、すなわち、救い主によってゆるしていただく他力の形式をとっているのは、自力では全能者の義の前にも聖さの前にも立てないからです。

それで仲介者、イエス・キリスト(救い主)の仲介により(代わって、義(ただ)しく、聖(きよ)い命を犠牲にして)ゆるしていただくのです。

私たち日本人が聖書の言う罪を理解できないのは、「性善説的人間観」をなんとなく教えられていて、生活の端々に「外側のゴミを払って清める」という思想が染み込んでいるからだと見ます。

罪という訳も理解しにくい訳です。失格者という考え方のほうがよく分かるかも知れません。全能者の義しさの前に失格者になったと。

自分の本性が悪であることを素直に認めれば、イエス・キリストが聖い命を持ってこられて身代わりの死をとげられたということが、もっとよく理解できて、ゆるしをいただこうと思えるのかも知れません。ですから、性善説は一つのブレーキになっていると見ます。これを解くためには、本性悪に気づく必要があります。

② 浄土宗とキリスト教の違い

浄土宗が他力宗教なのは、性悪的人間観で人を見ているからです。

  1. キリスト教も、浄土宗も、救い主によってゆるしていただく、ということでは同じです。
  2. ただし、浄土宗には、キリスト教のように、罪をゆるすための具体的な手続き(失格者を合格者と認めるために必要なこと)がありません。
  3. 聖書は失格の人間を合格者として受け入れるために、人間に代わってキリストが、その代価を(聖い命をささげることによって)支払ってくださって、その代価の支払いを自分のために、とお願いする者を、その代価ゆえにゆるすのです。イエス・キリストの十字架の死はそのためです。
  4. ところが、浄土宗にはこのゆるしのための代価の支払いがないのです。
  5. 阿弥陀仏は架空の存在であり、罪の始末はできません。

しばらく前に神奈川県警の警察官が罪の代価を取らずに釈放した事件が発覚して、警察官の方が罪に定められたことがありました。罪の代価は誰かが支払わないとゆるされないのです。浄土宗では罪の代価の支払いがないままにゆるしたことになっているので、不完全です。神奈川県警と同じ結果です。

思い出

私が四日市に来て間もなく、教会員の父がガンで入院しました。その教会員は、自分の父を見舞ってキリストのゆるしを教えてやってほしいと言いました。それで私はその父を見舞って、その方にいろいろ質問してみました。素直に答えてくださいました。主の導きだったなあと今思います。

  1. 「今医者が集まってきて、家族が集まってきました。どうしてか分かりますか?」と私。「分かっています」とその人。
  2. 「では、おうかがいします。あなたの人生で、人に言えないこと、できれば消したいことってありませんか?」―「はい、あります」
  3. 「それを今さら消せませんが、イエス・キリストが十字架で死んだ話を聞いていますか?」―「はい、知っています」
  4. 「主イエスは、『彼らをおゆるしください。私が代わりますから』と言って死んだのです。ですから、イエス様に私のその部分を取り消してくださいとお願いすれば、取り消していただけます。お願いしませんか」―「はい、します」と言ったので、私たちは祈りました。

この会話の中で私は、罪という言葉を使うことをさけ、「人に言えないこと、できれば消したいこと」という表現にしましたが、分かったようで素直な反応がありました。私にとっても貴重な思い出です。欠点を指摘すると、人は心を閉ざしてしまいます。(続く)

■ 性善説的人間観のブレーキを解く試み:(1) (2)

堀越暢治(ほりこし・のぶじ)

宇都宮大学農業土木科卒業。日本基督神学校卒業。学校法人東京キリスト教学園名誉理事。学校法人グレイス学園めぐみの園理事長。単立・創愛キリスト教会主任牧師。著書に『人体の不思議発見』『大自然の不思議発見』など多数。

■ 外部リンク:「ノアの箱船記念館 設立準備会」ホームページ

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