7日に東京都立川市で行われた恵那レーマミニストリー立川聖会では、信仰の使い方に関する講義が行われた。多くのクリスチャンが望みを持って願いながらも、「見えない実体」があることを信じ切れずに、ただの願望として終わってしまっているため、祈りが叶えられるのが難しい状態になってしまうことが指摘された。
信じることは論理的なこと
恵那レーマミニストリー代表の徐起源氏は、「信じると言う言葉は見える世界に捉われている人や、知識のある人にはすごく幼稚な言葉に聞こえるかもしれませんが、実は神様がなさることなのですごく論理的です」と説いた。
またキリスト教徒がもっている信仰が他の諸宗教の信仰と異なる点として、「自分自身から出たことではなく、神からの賜物である(エペソ書2章8節)」ことを挙げた。
そのため、クリスチャンであるにもかかわらず「私は信仰がない、信仰が弱い」と言う人は「間違った謙遜の仕方」をしているのであり、信仰を与えられた神に対して謙遜を持って受け入れるのであれば、「自分に与えられた信仰はすばらしい」と言うのが神に対する正しい謙遜のあり方であると説いた。
徐氏は信仰について「ものすごくロジカルであり、ペットボトルがあって水を飲むという授受があるのと同じように、見えない世界でも見えない実体があり、それを掴んでもってくることが必要であり、すでに見えない世界に『ある』ことを信じずに、ただの希望となってしまうといくら祈っても祈りがかなえられない」と説いた。
祈りが叶えられない多くの人たちの場合、「見えないものには実体がないと思っており、何もないが、わらをもすがるような形で手に入れたいと願っており、信仰ではなくただの希望となってしまっている」と指摘した。
癒しについても、イエスの名で祈ること(ヤコブ5・14)が重要であり、祈る態度として「信仰は霊の世界にあることが現実になるまでの間、それを疑わないで信じて行動できること」であるとし、すでに治ったと信じて祈るべきであると説いた。
また信仰の8割は告白する言葉に影響されており、「私は祝福されている」と言っていれば、祝福されるのであり、「彼の打ち傷によって、私たちはいやされた(イザヤ53・5)」という神の言葉で過去形で書かれたみ言葉の実体を捉えたとき、現実にいやしが実現されることになると説いた。
見えない世界の実体を捉えることが大切
信仰において見えない世界の実体を捉えることが大切であり、見えない実体を捉えられなければ、現実にもってくることができず、見えないものに実体がないと思うと長く祈り待つこともできないという。
そして私達キリスト者が「見えない実体」を捉えることができるのは、見えない世界から見える世界に送られた人=イエス・キリスト(ヨハネ1・18)によるのであり、神が人間としてこの地に送られたイエスを通して、イエスの中で神が働かれた(ヨハネ5・17)ように、神は信じる人を通して現実に働かれるお方であるため、「あなたが信じない限り、神は働かれない」と説いた。
ヘブル書11章1節では、「 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」、英語訳のニュー・キング・ジェイムス(NKJ)訳では、「信仰とは望んでいることの実体であり、目には見ないけれども、証拠のあるもの」であると書かれてある。見えないに所に実体があり、証拠はみ言葉の中に書かれてある(エペソ1・3)と説いた。信仰はみ言葉を信じることにあるという。
この信仰の確信がなければ、天国へ行けると言う確信も、いやしや経済的祝福も起こらず、「見えない実体があるということを捉えられた人から、悉く天にある祝福をもってくることができる」という。
「キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たす(ピリピ4・19)」、「キリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました(エペソ1・3)」と書かれてあることを実体として捉え、祈ったから必要が備えられるのではなく、神様があなたの必要を既に全部知っておられ、すべての霊的祝福は既にあるのであり、見えない世界にすでに備えられているものをお祈りするときに『下さったと信じ感謝します』と言える信仰が大切である」と説いた。
「祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります(マルコ11・24)」と書かれてあるように「見えない世界に必要なものがあるということを信じることが信仰であり、見えない世界に既にある事を握り、それが現実に持って来たと信じて感謝し、現実に来るまでの間が信仰を働かせる時間である」と説いた。
見えない所に希望を持つことができるのがクリスチャン
信仰によって、世界が神の言葉で造られたことを悟り、「見えるもの」が「目に見えるものからできたのではない」ことを悟る(ヘブル11・3)のであり、「見えない所を押さえてしまえば、見える所を変えることができる。多くの方は見える所でなんとかしようとしているからできない。クリスチャンは見えない所に希望を持つことが出来る一方、多くの人は見える世界で失望して自殺してしまう。見える所に希望がなくとも、見えない所に希望があると信じられるのがクリスチャンである」と説いた。
またクリスチャンは「真理がイエスにあり、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨て、心の霊において新しくされ、真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着る者(エペソ4・20-24)」であり、この「見えないあなたの新しい実体=新しい人を捉えた人は動じなくなる(コロサイ3・3-4)」と説いた。
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