平林けい子

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主は生きておられる(70)ゴスペル練習 平林けい子

新しいゴスペルを教えてもらうたびに、最高齢の私には歌詞の一節一節が心に染み込んで、体全体に広がっていく。イエス様への語り掛け、イエス様への賛美、イエス様への信頼。なんとシンプル、なんとストレート、なんと力強い。

2018年09月07日17時48分

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主は生きておられる(69)息 平林けい子

きょう一日、イエス様への感謝の思いから出る息だけで過ごしたい。その息が、ひとつひとつ開花して、やさしいことば、あたたかいことば、はげましのことば、賛美いっぱいのことばになってほしい。イエス様、深呼吸します。

2018年08月31日7時05分

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主は生きておられる(68)純粋な心 平林けい子

イエス様、純粋な心を与えてくださいと祈っていた。それはちがっていた。純粋な心は、苦しむことによって信仰がためされて、純粋化されると読んだ。苦しまずして純粋な心を求めていた、不純な私をイエス様、お赦しください。

2018年08月24日19時43分

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主は生きておられる(67)私の終戦記念日 平林けい子

今日は終戦記念日。小5年だったあの日、戦争が終わった。「ほしがりません 勝つまでは」と決心して過ごした小学生。終戦で一番うれしかったのは白いご飯が食べられること、文房具を買ってもらえること、新しい靴をはけることではなく、電気をつけられること。

2018年08月15日10時20分

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主は生きておられる(66)心よ こころよ 平林けい子

心よ、こころよ。主に祈らなければ、心は一年中ゴミの日。ゴミの日にはゴミを捨てる。ゴミのない日はない。小さな、ちいさな粒の中に、怒り、つぶやき、不満がたまっている。心よ、こころよ。イエス様に、このゴミをとってもらってほしい。

2018年08月10日21時13分

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主は生きておられる(65)子どものように 平林けい子

イエス様は childish ではなく childlike と言われる。イエス様の救いにあずかって47年もたつのに childish な信仰のまま。実年齢は重ねても、信仰年齢は重ならず。それでもイエス様を見上げて childlike な姿勢で、イエス様から目を離さずに歩んでまいります。

2018年08月03日16時18分

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主は生きておられる(64)なぜシナイ山に登れたのですか 平林けい子

今から47年前、自分の罪を示され、イエス様を罪からの救い主と信じたその時、いつの日かイエス様が十字架を背負って歩まれたドロローサをこの足でたどりたいという強い願いを心の内に持った。

2018年07月27日17時10分

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主は生きておられる(63)伝道 平林けい子

愛する友が、洗礼を受けたときの喜びは大きい。毎日祈り、長年誘った友に誘いを断られたときの悲しみは、もっと大きい。あれほど祈ったのに、あれほど励ましたのにと思う自分。それは、自己満足。

2018年07月20日19時03分

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主は生きておられる(62)よくここまで 平林けい子

よくここまで生きられた。生かせていただいた。心は、もう生きられないと立ち止まったのに、イエス様が「生きよ」と手をとってくださった。その時から、主の愛が心に少しずつ沁みわたった。

2018年07月13日16時04分

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主は生きておられる(61)よかったこと 平林けい子

83年生かされてよかったこと、つらかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと。それぞれ、たくさんあった。つらかったことの方が多かったかも分からない。ところが、極めつけによかったことは、イエス様に出会ったこと。

2018年07月06日9時57分

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主は生きておられる(60)トンネル 平林けい子

子どものころ、汽車に乗った。トンネルを出ると、顔と手はすすだらけ。ハンカチは真っ黒。大人になって、試練のトンネルに入った。心は真っ黒。長いトンネル、出口はあるのだろうか。もう耐えられないと思ったとき、遠くに一条の光が見えた。

2018年06月29日18時17分

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主は生きておられる(59)さあ こっちを向いて 平林けい子

イエス様は言われる。なぜ、うしろを向いているの?なぜ、かがんでいるの?うしろを向いていれば、わたしが見えないよ。かがんでいたら、わたしが見えないよ。さあ、わたしの腕にすがって、こっちを向いて立ちあがろう。

2018年06月22日21時55分

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主は生きておられる(58)かめコースで 平林けい子

教会の聖書通読で、うさぎコースではなく、かめコースをえらんだ。みことばをじっくり味わうために、歩くコースもかめコースになった。こころは早く着きたい。しかし、足はかめコース。

2018年06月15日11時38分

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主は生きておられる(57)イエス様を知るまで 平林けい子

イエス様を知るまで知らなかった。イエス様が私の生まれる前から救いの計画に入れてくださっていたことを。イエス様を知るまで知らなかった。私の罪を赦(ゆる)すために十字架で死んでくださったことを。

2018年06月08日19時45分

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主は生きておられる(56)イエス様の杖 平林けい子

足が弱って、杖をつくことになった。少しばかり淋しく、悲しい。考えれば、イエス様は良き羊飼い、良き杖。主の杖に導かれたら、谷底に落ちることはない。疲れはてたときは、主の杖にすがる。苦しいときは、主の杖にもたれて力をもらう。

2018年06月01日17時25分

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主は生きておられる(55)イエス様にエスコートされて 平林けい子

昼下がり、用事で出かけた。今日は杖なしで大丈夫。イエス様がエスコートしてくださるから。郵便局、マーケット、用事をすませて帰り道、イエス様と話しながらゆっくり歩く。「どの木も芽が出ていますね」「そよ風が気持ちいいね」「花が咲こうと待っていますね」

2018年05月25日7時24分

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主は生きておられる(54)あいさつ 平林けい子

朝、目が覚める。イエス様、おはようございます。朝よ、おはよう。夜の次は朝。当たり前なのに、当たり前ではない。年を重ねて、深い思いをこめて、朝よ、おはよう、昼よ、こんにちは、夜よ、こんばんは、とあいさつする。

2018年05月18日8時42分

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主は生きておられる(53)涙の一粒 平林けい子

幼いころ、友達とけんかして流した涙。青春のころ、恋に破れて流した涙。生活の中で、もう生きられないと流した涙。病の中で、苦しみ、痛みに流した涙。イエス様は、涙の一粒一粒を祝福の一粒一粒に変えてくださる。

2018年05月11日7時02分

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主は生きておられる(52)涙 平林けい子

83年の人生で、どれくらい悲しみの涙を流しただろう。何十リットル?何百リットル?立ち止まって考え込んだ。測るすべはなかった。涙が流れるたびに、イエス様が拭ってくださった。

2018年05月04日14時33分

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主は生きておられる(51)綿のように 平林けい子

友達に教えられて、ベランダで綿ができた。はじめての綿を、そっと手のひらにのせてみた。綿は軽かった。ふわふわあたたかかった。綿のように軽やかに、そっと人とふれたい。綿のようにやわらかい心で、やわらかく人と交わりたい。

2018年04月27日11時10分

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