福江等

牧師の小窓(115)コーリー・テン・ブームの言葉 福江等

牧師の小窓(118)コーリー・テン・ブームの言葉・その4 福江等

今回は、コーリー・テン・ブーム女史の言葉、最終回になります。印象的な彼女の言葉によって、信仰の理解が少しでも深められれば幸いです。「心配とは、恐れの回りに渦巻く無力な考えにすぎません」

2018年02月04日20時09分

牧師の小窓(115)コーリー・テン・ブームの言葉 福江等

牧師の小窓(117)コーリー・テン・ブームの言葉・その3 福江等

今回も続けて、コーリー・テン・ブーム女史の語った言葉の中から、忘れがたいものを訳出してみます。「結局のところ、人生はどれくらい長く生きたかではなく、どれくらい自らをささげたか、にあります」

2018年01月30日17時17分

牧師の小窓(115)コーリー・テン・ブームの言葉 福江等

牧師の小窓(116)コーリー・テン・ブームの言葉・その2 福江等

引き続き、コーリー・テン・ブーム女史の忘れがたい言葉を記しておきたいと思います。「赦(ゆる)しとは意志の問題です。そして、意志は心の温度にかかわりなく働くことができます」

2018年01月21日6時15分

牧師の小窓(115)コーリー・テン・ブームの言葉 福江等

牧師の小窓(115)コーリー・テン・ブームの言葉 福江等

ユダヤ人をナチス・ドイツから守ったために、自身が強制収容所に入れられて地獄の苦しみを味わったオランダ人クリスチャンのコーリー・テン・ブームの書き残された書物の中の言葉は、今も世界中の多くの人々を励まし続けています。

2018年01月14日19時22分

牧師の小窓(114)杉原千畝とキリストの愛 福江等

牧師の小窓(114)杉原千畝とキリストの愛 福江等

第二次世界大戦時中にリトアニアのカナウス領事館に外交官として赴任していた杉原千畝(ちうね)は、ナチス・ドイツの迫害から逃れようとしていた多くのユダヤ人に日本経由で米国に行くための通過ビザ(査証)を日本政府の承認なしに発行して助けたことで知られています。

2018年01月07日7時33分

福江等

牧師の小窓(113)高知市に見る諸教会の一致 福江等

私は今日までさまざまな所で伝道牧会をさせていただきましたが、やはり高知市での伝道が一番長くなっております。そのような経験から考えますと、高知市での牧会は、諸教会の協力がかなり潤滑になされているように思います。

2017年12月31日7時28分

牧師の小窓(112)母グマの知恵 福江等

牧師の小窓(112)母グマの知恵 福江等

先日、どこかの動物園のシロクマの親子の動画を見ました。飼育員が持ち込んでくれた雪の中を喜んで遊んでいた子グマが、誤って水の中に落ちました。岩に手をかけてはい上がろうとするのですが、なかなか水から上がることができません。

2017年12月25日7時56分

福江等

牧師の小窓(111)私は学んだ・その2 福江等

私は学んだ・・・人生を素晴らしいものにするのは、日々の小さな出来事であるということを。私は学んだ・・・どの人も皆、固い殻(から)の下には、感謝してほしい、愛してほしいという心があるということを。

2017年12月17日18時30分

福江等

牧師の小窓(110)私は学んだ 福江等

私は学んだ・・・この世で最高の教室は老人の足元であるということを。私は学んだ・・・愛している時は、それが自ずと外に出るものだということを。私は学んだ・・・「おかげで助かりました」と誰かに言ってもらうだけで、一日中気持ちが晴れるということを。

2017年12月10日5時54分

牧師の小窓(109)乙女マリアの信仰 福江等

牧師の小窓(109)乙女マリアの信仰 福江等

乙女マリアが天使ガブリエルから聞いたメッセージは驚くべきものでした。彼女から世の救い主がお生まれになるというものです。しかも、それは聖霊によってみごもるという途方もない知らせでした。

2017年12月04日19時35分

牧師の小窓(108)ブラザー・ローレンスの霊性 福江等

牧師の小窓(108)ブラザー・ローレンスの霊性 福江等

数週間前に礼拝のメッセージの中でブラザー・ローレンスという17世紀のフランスに生きた1人の修道士について語らせていただきました。カルメル会という修道会の中では台所で食事係をする立場でありましたが、彼の霊性は今もなお、世界中で関心が持たれています。

2017年11月26日19時10分

百人一読―偉人と聖書の出会いから(29)ヘレン・ケラー 篠原元

牧師の小窓(107)ヘレン・ケラーの苦悩 福江等

最近読んだ本の中で、ヘレン・ケラーの自叙伝があります。彼女が大学生の時に書いたものです。ヘレン・ケラーの心の中がどんなものであったか、彼女が何を思い、何を考え、何を生きる目標としていたかを知る手掛かりとなる重要な資料だと思いました。

2017年11月19日4時24分

牧師の小窓(106)神様とのインタビュー 福江等

牧師の小窓(106)神様とのインタビュー 福江等

ある夜、私は神様にインタビューしている夢を見ました。「私にインタビューをしたいのかね」と神様が聞かれます。「ええ、もしお時間がありましたら」と私は言いました。

2017年11月12日6時42分

牧師の小窓(105)聖書の余白と行間 福江等

牧師の小窓(105)聖書の余白と行間 福江等

何年か前、韓国のある大学で開催されました国際神学会議に出席いたしました。以前から存じ上げている1人のヨーロッパの旧約聖書の学者が主講師になっておられました。今となってはどのような内容のお話をされたか、ほとんど覚えていませんが、1つだけ印象に残ったことがありました。

2017年11月05日6時35分

牧師の小窓(104)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その20 天正遣欧少年使節の帰国後 福江等

牧師の小窓(104)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その20 天正遣欧少年使節の帰国後 福江等

ヨーロッパでの大役を無事果たした天正遣欧少年使節は1590年、実に8年ぶりに帰国を果たしました。帰国後、この少年たち(といっても、彼らはすでに20歳を越す青年になっておりました)がどのような人生を送ったか、最後に記しておきたいと思います。

2017年10月29日5時58分

牧師の小窓(103)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その19 天正遣欧少年使節団の教皇謁見 福江等

牧師の小窓(103)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その19 天正遣欧少年使節団の教皇謁見 福江等

天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)は長崎を出帆して、困難を極める船旅で2年半かけてポルトガルの首都リスボンに到着しました。1584年8月のことです。

2017年10月22日6時50分

牧師の小窓(102)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その18 天正遣欧少年使節 福江等

牧師の小窓(102)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その18 天正遣欧少年使節 福江等

今回の雲仙・長崎キリシタンの旅で私たち一行が最後に訪れたのが、天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)で派遣された4人の少年たちの碑です。

2017年10月15日4時27分

牧師の小窓(101)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その17 出津救助院 福江等

牧師の小窓(101)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その17 出津救助院 福江等

ドロ神父は外海(そとめ)地区の人々の極端な貧困を見て衝撃を受け、両親から譲り受けた莫大(ばくだい)な遺産をすべてなげうって外海のキリシタンのために尽くしたのでした。教会を建築した次にドロ神父のしたことは出津(しつ)救助院を造ることでした。

2017年10月08日4時54分

牧師の小窓(100)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その16 出津教会堂 福江等

牧師の小窓(100)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その16 出津教会堂 福江等

ドロ神父が日本に行くことになったとき、彼の母親は「どうして天国に行くのにそんなに遠くまで行く必要があるの?」と嘆き悲しんだそうです。もう2度と会うことが許されないかもしれないことを知っていたのですね。

2017年10月01日5時28分

牧師の小窓(99)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その15 ドロ神父 福江等

牧師の小窓(99)雲仙・長崎 キリシタンの旅・その15 ドロ神父 福江等

私ども一行が訪ねて行った長崎県の外海(そとめ)地方では、1人のフランスの神父マルク・マリー・ド・ロ(1840~1914、通称ドロ神父)という方のことが深く印象に残りました。この方にとって外海は「心のランバルネ」であったのだろうと思います。

2017年09月24日5時10分

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