植竹利侑牧師「現代つじ説法」(1)・・・できるのだ!という信念

2009年5月23日08時30分 コラムニスト : 植竹利侑 印刷
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ダメだ! できない!
もうやれん! やめた!

何事によらず、すぐそういってやめてしまう人がいる。

できずにやめた経験を重ねてゆけばゆくほど、ますます自信がなくなって、ついにはできることさえできなくなる。ほかの人にできて自分にできなければ劣等感がつのり、ついにはノイローゼにもなりかねない。

しかし人間には、どんな人にも大きな能力が与えられているものだ。

できる、と信じてやれば、ものすごい力が出てきて、大きなことができるようになるのだ。

ピアノの発表会で、小さな子が上手に弾くので感心したら、教師をしている娘が、「お父さん、このくらいなら、だれでも弾けるようになるのよ」というのだ。私もそうだと思う。だれでも努力さえ惜しまなければ、かなりのところまでゆけるものなのだ。

その娘自身、小学校二年生のころまでは、人前では口もきけない劣等生だった。学級では問題児だといわれていた。涙が先に立って、一切発表ができなかったのだ。それなのに、ある日、突然自信がもてるようになった。それは、幼児のころから習っていたピアノが人に認められ、自信となって身についたからだ。いまでは自信過剰か、一人で、確信をもって、外国へでも出て行く。

人にできることが自分にできなければ劣等感になる。しかし、人にできることが自分にもできるという経験をもつと、小さな自信が生まれる。小さな自信をもって努力をしつづけると、やがては人にできないことができるようになり、いっそう自信が生まれる。そのとき、小さな自信が大きな自信に変わるのだ。大きな自信をもち、かつ努力することが習慣となった人は、ついには偉大な人生を生きることができるようになるだろう。

私は自分が、ほんとうに小さなスケールの人間だということをよく知っている。だけど、神を体験したとき、確信が生まれた。それは、「できるのだ!」という信念だ。スーパーマンやドラえもんのようなことができるというのではなく、自分に与えられた使命や責任はかならず果たすことができる!という信念だ。

「信じる者には、どんなことでもできる!」―キリスト―

「わたしは、わたしを強くしてくださる方によって、どんなことでもできる」―使徒パウロ―

(中国新聞 1982年2月23日掲載)

(C)新生宣教団

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植竹利侑

植竹利侑(うえたけ・としゆき)

広島キリスト教会名誉牧師。1931年東京生まれ。東京聖書神学院、ヘブンリーピープル神学大学卒業。1962年から2001年まで広島刑務所教誨師。1993年矯正事業貢献のため藍綬褒章受賞。94年特別養護老人ホーム「輝き」創設。著書に『受難週のキリスト』(81年、教会新報社)、『劣等生大歓迎』(89年、新生運動)、『現代つじ説法』(90年、新生宣教団)、『十字架のキリスト』(92年、新生運動)、『十字架のことば』(93年、マルコーシュ・パブリケーション)。

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