ペンテコステ派研究の第一人者、ビンソン・サイナン氏死去

2020年3月18日13時30分 印刷
+ペンテコステ派研究の第一人者、ビンソン・サイナン氏死去
ビンソン・サイナン氏(写真:国際ペンテコステ・ホーリネス教会の公式サイトより)

ペンテコステ派研究の第一人者として知られるビンソン・サイナン氏が現地時間15日朝、米オクラホマ州オクラホマシティーの病院で死去した。85歳だった。サイナン氏が所属するペンテコステ派教団「国際ペンテコステ・ホーリネス教会」(IPHC、英語)が16日、発表した。

1934年、バージニア州で父ジョセフ、母ミニスのもと、双子の弟バーノンと共に、7人きょうだいの4番目の子として生まれる。父のジョセフはもともとメソジストだったが、16歳の時、ペンテコステ・ホーリネス派の天幕集会で同派に転向。牧師となってからは、IPHCの監督を6期24年務めるほど、教団の重要な指導者として活躍し、さらに米国福音同盟(NAE)創設などにも関わった。

サイナン氏も同じ16歳の時、イエスを救い主として受け入れ回心。17歳で聖霊のバプテスマを受け、説教奉仕を始める。54年に按手(あんしゅ)を受け牧師となってからは、56~62年にはバージニア州で3教会を、67~74年にはジョージア州で1教会を開拓。73年にIPHCの総主事に選出され4年間奉仕。77~81年にはIPHCの副総監督を務め、その後も伝道局長を4年務めた。

一方、リッチモンド大学で米国史を学んだサイナン氏は、歴史家としての召命もあり、ジョージア大学で65年に修士号、67年に博士号を取得。専攻は、米国社会知識史だった。

72年にカトリック系のノートルダム大学で行われた「カトリック・カリスマ会議」で講演するが、これが人生の大きな転機となる。その後、活動はIPHCの枠にとらわれないエキュメニカルなものとなっていく。77年には、ミズーリ州カンザスシティーで開催され約5万人が集まった「カリスマ刷新会議」にペンテコステ派の代表として参加。これをきっかけにさらに活動の幅が広がり、カトリックやプロテスタントのメインライン(主流派)で起こっているカリスマ運動について論じた。

サイナン氏はこの他、ペンテコステ研究学会(SPS)を創設して自ら会長(70~73年)を務め、北米刷新奉仕委員会(NARSC)議長(85~91年)、ニューオーリンズ聖霊世界宣教会議議長(86~87年)などを歴任。また、オーラル・ロバーツ大学理事やエンパワード21世界評議員を務めた。さらに学者としては、オーラル・ロバーツ大学聖霊研究センター長、同教授(90~94年)、リージェント大学神学大学院長(94~2006年)などを歴任した。

テモテへの手紙二2章15節「あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働き手、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい」が、生涯にわたる愛唱聖句だったという。

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