WCC総幹事、奈良基督教会で主日説教「正義と平和への道」

2014年12月16日11時30分 記者 : 土門稔 印刷
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国の登録有形文化財である日本聖公会奈良基督教会で説教する世界教会協議会(WCC)のオラフ・フィクセ・トヴェイト総幹事。「正義と平和への道(The Way to Justice and Peace)」と題して説教し、同教会の教会員ら約70人と共に礼拝をささげた=7日、同教会(奈良市登大路町)で

初来日した世界教会協議会(WCC)総幹事のオラフ・フィクセ・トヴェイト氏は、滞在期間中、東京や仙台のほか関西も訪れ、日曜日の7日には、日本聖公会奈良基督教会の礼拝で説教を行った。

奈良仏教の一つ、法相宗の大本山である興福寺のすぐ隣にある奈良基督教会は、1930年に同教会の信徒で、興福寺の建築などを手掛けた宮大工の大木吉太郎氏の設計で建てられた純和風の教会。瓦葺(かわらぶ)きの屋根に真壁造りの壁面で、内観は奈良の特産である吉野杉や檜(ひのき)を使って数奇屋風に仕上げられており、国の登録有形文化財の指定を受けている。

和風の礼拝堂で説教壇に立ったトヴェイト氏は、「正義と平和への道(The Way to Justice and Peace)」と題して説教。通訳は同教会の井田泉司祭が行った。トヴェイト氏はまず、世界のキリスト教におけるエキュメニカル運動について語り、2013年にWCCで定められた「正義と平和の巡礼」に触れた。エキュメニズムとは、“一緒にこの道を行く”という“共歩性”であると話し、教会が一致できるような道を探し、イエス・キリストが示した正しい方向への正しい道に向かって共に歩み出すことの大切さを語った。

WCC総幹事、奈良基督教会で主日説教「正義と平和への道」
日本聖公会奈良基督教会の外観。奈良仏教の一つ、法相宗の大本山である興福寺のすぐ隣にあり、1930年に同教会の信徒で、興福寺の建築などを手掛けた宮大工の大木吉太郎氏の設計で建てられた。

2つ目に、洗礼者ヨハネについて触れ、真理を告げるために、必ずしも多数派である必要はないことを話した。またキリスト者は新しい方向と道へ向かって、洗礼を通して、いつでも、日ごとに新しくスタートを始めることができると語った。

最後に日本の歴史と日本国憲法9条が、紛争の解決に武力を用いないことを規定していることや、温室効果ガス規制のための京都議定書が、奈良近くの京都で結ばれたことにも触れ、人類の将来と平和のために、東アジアで日本と日本の教会が平和への道として求められていると語った。

礼拝の中では、平和のあいさつも交わされ、トヴェイト氏は、この日の礼拝に集った同教会の教会員約70人一人ひとりと握手を交わした。

WCC総幹事、奈良基督教会で主日説教「正義と平和への道」
WCCのトヴェイト総幹事(右から2人目)

世界教会協議会(WCC)は1948年に設立され、本拠地はスイスのジュネーブにある。世界のキリスト教界の一致と協力を、広範な形で推進してきた国際的なエキュメニカル組織だ。現在、110カ国以上の345加盟教会(所属信徒総数約5億人)で構成されており、正教会や聖公会、ルーテル教会、メソジスト教会、改革・長老教会、バプテスト教会、合同教会など、歴史的なプロテスタント教会のほとんどが含まれている。また、ローマ・カトリック教会や世界の福音派教会などとも緊密な協力関係を保っている。

オラフ・フィクセ・トヴェイト氏は1960年ノルウェー生れ。ルーテル派のノルウェー教会に所属し、牧師を務めた後、ノルウェー教会協議会のエキュメニカル・国際関係総幹事などを経て、2010年1月に第7代WCC総幹事に就任した。著書に『キリストの十字架におけるキリスト者の連帯』(WCC、2012年)などがある。

■ WCC総幹事オラフ・フィクセ・トヴェイト氏の説教

キリストにある親愛なる兄弟姉妹の皆さん、きょうは一緒にここに共に集えて嬉しく思います。きょう、ここで皆さんと一緒にイエス・キリストに礼拝をささげることができることを大変嬉しく思います。特にこの日本という美しい国の、この美しい奈良の礼拝堂で、共に礼拝をささげられることを嬉しく思います。世界中の人々と一緒に、そしてWCCの交わりに属しているいろんな違った歴史を持ったさまざまな教会の中で、私たちはきょう一緒にイエス・キリストに従うのです。

イエス・キリストに最初に従った人々は、「この道に従う者」と言われました。これは使徒言行録のはじめの方に書かれている言葉です。私たちはこの道を一緒に歩んでいます。とりわけ私たちはこの日本においては、大きな群れや非常な多数者としてではなく、この道を皆さんと一緒に歩んでいく、これは特別に感動的なことです。

WCCの総会が2013年に韓国の釜山で開かれましたが、その第10回の総会以降の時間のために、私たちの信仰と働きを「正義と平和の巡礼」として定めました。皆さん聖公会とローマ・カトリック教会は、宣教と奉仕の働きを一緒に歩こうという言葉に定められています。これは「共歩性」(KYOHOSEI)というものです。

皆さんは、(東日本大震災後の日本聖公会の支援活動「一緒に歩こうプロジェクト」を通して)これが信仰の道であるということを示してくださいました。愛をもって働くこと。正義と平和の中で生きることができずに、恐れを抱いて暮らしている人々、自然災害の犠牲者や人間がもたらした災害の犠牲者のために奉仕をするということ、これが信仰の道であるということを、皆さんは「一緒に歩こう」という言葉の中に示されたのです。

きょう、私たちが一緒に唱えました詩篇85編10節がこれを示しています。「慈しみとまことは共にある。正義と平和は抱き合う」。正義と平和が矛盾した対立するものではなく、抱き合うのです。エキュメニカル運動、教派を超えたキリスト教の一致と礼拝の運動とは、信仰の運動です。エキュメニズム、教会の一致とは、一緒に道を見つけて、その道を一緒に歩こうとすることです。教会会議を英語ではシノド(synod)といいますが、この言葉には“道を一緒に歩く”という意味が込められています。エキュメニカル運動とは、“一緒にその道を歩こう”ということなのです。

それではどのようにして、私たちはこの道を見出すことができるのでしょうか。一緒にこの道を歩くとはどういうことなのでしょうか。きょう読まれた福音書は、まさに「この道の始まり」を伝えています。マルコによる福音書は最も古い福音書ですが、その一番初めは文字通りこう言われています。「これは福音の初め、神の子イエス・キリストの良き知らせの初め」。その後に続くのは預言者イザヤからの引用で、「主の道を備える人が来る」と告げています。私たちを導いて、私たちを歩ませる重要な言葉が、この福音書から聞こえてきます。

この道を歩むには、正しい方向に向かってスタートすることが必要です。この良き知らせ、福音は世間一般にあるのではなく、他の道についての物語として始まります。私たちはマルコによる福音書の始まりに、特別な人物の不思議な物語を聞きます。その人物は非常に貧しい中に生きて、荒れ野に暮らしていて、宗教的あるいは政治的中心とは隔たった、遠いところにいる一人の人物です。その人が活動しているのはヨルダン川で、文字通り世界の底を流れている、地上の最も低い海面から300メートル下の最も低いところを流れている。その非常に暑くて、とても乾いたところに一人の不思議な人物がいます。

マルコによる福音書のこの始まりのところで、私たちはすぐにいわば“反対の物語”に出会います。もう一つの別の道に生きる人の物語、もう一つの方向を示す人の物語に出会います。それは洗礼者ヨハネのことです。洗礼者ヨハネは彼の後に来られる方を指し示していますが、その来られる方はまったく異なった方です。予想され、期待されていたのとは違う、もう一つの別の方向へと進む道を示されます。

イエスの物語は、間違った場所から始まって、間違った終わり方を迎える、間違った方向へ行く、そんなふうに見えます。けれども実にこれこそが主の道なのです。主の道において、私たちは方向を変えるように呼び掛けられます。神様が創造された命を破壊するあらゆるものから離れるようにと、私たちは呼び掛けられます。

命の神は、正直で誠実な人を呼び求めておられます。過去を隠さずに、敬虔な、あるいは丁寧な習慣の言葉の中で自分の罪を隠したりしない、過去の過ちから悔い改める人々を神は求めておられます。命の神は変化に向かって自分を開いている人々を求めておられます。変化を受け入れる人々、方向転換を受け入れる人々を神様は求めています。

命の神は、命の源へと私たちを招いておられます。洗礼の生ける水に表されている命の神が、私たちを招いておられます。罪からの悔い改めが起こるときに、その人生は正しい出発をし、正しい方向に向かって進むことになります。私たちはしばしば、他の人たちについて彼らが間違っていると言ってしまうし、自分たちが正しいということを思い込み、夢中になってしまうことがあります。そのことを、私たちキリスト者と、キリスト者のリーダーは告白しなければなりません。

自分が正しいと固執することは決して命の道ではありません。福音、良き知らせというのは、もう一つの道があるということです。正しい方向に向かう道を、私たちに示すことのできる方がおられます。福音とは、イエス・キリストに従うことが命の道を見出すことだということです。イエス・キリストに従う命の道を見出すということは、排他的なことではなく、傲慢なことではありません。他の人を指差して非難するということではありません。そうではなく謙遜になって真実に向かって自分を開いていくこと。私たち自身について、他の人について本当のこと、あるいは人を治める人たちについて本当のことを見つめ、受け止めていく、それが命の道を見出すことです。

列車は物凄く速く走るかもしれません。とても快適かもしれません。けれどもその猛烈なスピードで快適に走る列車が間違った方向に向かっているならば、それはとんでもないことです。ですから命の道というのは、正しい方向に向かって出発することが重要です。そして正しいしるしに従うことが大事です。正しい方向に向かう正しいしるしとは何かというと、兄弟姉妹の皆さん、それはイエス・キリストの福音のことです。

2番目のテーマに入ります。洗礼者ヨハネの物語は非常に短いけれども、根本的な物語です。それは真理を告げた一人の人の物語です。その真理を告げるために、自分の命を犠牲にせざるを得なかった人の物語です。力を持ったヘロデは、自分が荒れ野の声によって批判されるのに耐えられませんでした。彼の行動は、ヨハネが正しかったことを証明しています。悲劇的ですけれども、それは真実でした。ヨハネは殺される、けれどもそのことが起こる前に、ヨハネは人々に命の道を見出すように助けることができました。ヨハネは人々が命の源を、命の神を見出すことができるようにしました。

真理を告げるためには、一人で十分です。真理は多数を必要としない。正義と平和への道は必ずしも多数の人々が行く道ではありません。けれども命への道は今もなお、あらゆる人々が必要としている道です。その道へと導くことは、あらゆる人にとって良き知らせなのです。神の正義と平和、それは神がイエス・キリストにおいて無条件で与えてくださったものですが、その神の正義と平和を指し示すということは、教会の使命です。正義と平和が互いに結び合っていて一つであることを示すのが、教会の使命です。この世界において、神様が正義と平和を表しておられるのを見つけようというのは、教会の使命です。

このことにために私たちは多数である必要はありません。けれども私たちはこの神様からの召命、神の招きに従うことが必要です。悔い改めをもって、イエス・キリストに従うことが必要です。教会にとって、また私たちイエス・キリストに従う者にとっての良き知らせ、私たちにとって嬉しいこと、それはいつでも新しく始める可能性が与えられているということです。正しい道へ、正しい方向へといつでも立ち返ることができます。

洗礼の持っている力、洗礼の持っている意味というものは、私たちをいつでも日ごとに新しくスタートさせてくれるということです。悔い改めへの招きというのは、日ごとの悔い改めの招きです。日ごとに新しく私たちが真理の中に入っていけるように、神様が私たちに正しい方向を与えてくれるように神に願い求めることができる。それは嬉しい知らせです。

最後に3番目のテーマです。たとえ洗礼者ヨハネがアウトサイダーだったとしても、彼はイエス・キリストとの交わりを求めた人でありました。お互いの関係を求めた人でした。悔い改めとは、人々の間にある命と平和を破壊するものから離れることです。

日本という国は2つのことを経験してきました。1つは戦争、もう1つは他の国を抑圧してきた、そういう歴史を持っています。しかし同時に、日本は民主主義と平和の歴史を持っています。日本の教会は少数者であるという経験をしてきましたが、同時にイエス・キリストの広いエキュメニカルの交わりに属しているという経験を持っています。その交わりというのは、正義と平和の巡礼の途上での交わりです。正義と平和の巡礼の道において、私たちは皆さんを必要としています。また日本の人々が、正義と平和の道において皆さんを必要としています。

皆さんの日本国憲法第9条は、衝突や紛争の解決に武力を用いないということを約束しています。そのような立場を保ち続ける努力のために、日本の人々は、皆さん教会の人々を必要としています。人類の将来のために、平和への道として核兵器に頼らない、原子力エネルギーに頼らない、そのことの意味を大事にしっかりと示してほしい。そのために、東アジアの地域で皆さんが求められています。

またしばらく前に、地球環境・気候保全のため、温室効果ガス規制のための最初の条約が日本の京都で、京都議定書として結ばれました。その京都がこの奈良の近くにあります。その大事さを示すために、皆さんのことを世界が必要としています。

みなさんと一緒に私たちはお祈りします。神様の意志が現実となりますように。つまり、御心が天に行われるとおり、地にも行われますように。きょうも、あすも。将来に向かってこの道を見出すために、私たちはお互いを必要としています。

一緒に歩みましょう。アーメン。

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