チンギス・ハンの子孫が建てた都市で古代キリスト教寺院発見

2014年10月30日00時15分 翻訳者 : 行本尚史 印刷
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モンゴル帝国初代皇帝チンギス・ハンの肖像画

ロシアのボルガ川堤防沿いに、モンゴルの征服者チンギス・ハンの子孫たちによって建てられた都市跡で、2つのキリスト教寺院が発見された。

寺院が発見されたのは、約750年前に建てられウケクと呼ばれた都市。寺院はタイル屋根で、彫刻や壁画で装飾されており、ローマやエジプト、イランからもたらされた皿や瓶といった輸入品の遺物が中から見つかった。

ウケクのキリスト教地域は、サラトフ地方民間伝承博物館の考古学者たちによって発見された。多文化の都市で、そこではイスラム教やキリスト教、そしてシャーマニズムなど、さまざまな宗教が実践されていたという。

最初のキリスト教寺院が14世紀はじめに破壊された後、2つ目の寺院が1330年に建てられ、1350年頃まで使われ続けた。今回、その土台の一部が発掘された。

ウケクはチンギス・ハンの死後20〜30年経ってから建てられた。彼の孫であるバトゥ・ハンが東ヨーロッパから中央アジアにまで広がるキプチャク・ハン国を建て、シルクロードの多くを管理した。ウケクは同国の交易都市として栄えたが、1395年にティムールによって攻撃を受けて破壊された。ティムールはかつてキプチャク・ハン国によって支配されていたこの領土の多くを接収した。

このキリスト教区域からは、中国のガラス製ヘアピンや、龍の彫刻の像が付いた骨の皿のかけらといった、高い身分の人が用いたと考えられるものが発見されており、そのためサラトフの考古学者たちは、全てのキリスト教徒が奴隷として扱われたわけではないと話している。

現在、今日的な建物がこの都市の史跡の多くを覆っている。考古学者のドミトリイ・クバンキン氏はライブ・サイエンスのウェブサイトで、「これはいかなる調査をも妨げており、(この場所の)全体を完全に発掘するのをじゃましているのです。なぜなら史跡はいくつかの私有地にまたがって広がっているからです」「それにも関わらず、一カ所で掘るだけでも重大な発見につながりうるのです。サラトフ地方民間伝承博物館からの考古学的探検によって、2005年から毎年発掘がなされてきました」と述べている。

チンギス・ハンは歴史上最も成功した支配者の一人であり、かつ恐らく最も残虐な支配者であった。1206年から没する1227年の間に、1200万平方マイル(約3100平方キロメートル)の領土を征服。およそ4000万人の死について責任があると考えられている。

※この記事は英国クリスチャントゥデイの記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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