主はこう仰せられる。「あなたの泣く声をとどめ、目の涙をとどめよ。あなたの労苦には報いがあるからだ。──主の御告げ──彼らは敵の国から帰って来る。あなたの将来には望みがある。──主の御告げ──あなたの子らは自分の国に帰って来る。」(エレミヤ31:16、17)
最近、私の住んでいる地域で、少しショッキングなニュースがありました。地域の小学校が統廃合の対象になっているというのです。その学校は、かつて日本一のマンモス校といわれた学校です。急激な少子化のために児童数が減少しているのです。
しかし、これは珍しいニュースではありません。日本各地のどこに行っても耳にする出来事です。
教会を訪問しても、同じような現象を見ることができます。礼拝に出席している方々の高齢化が目立っているようです。しかも、ほとんどの信徒さんは昔、青年会活動で活躍していた方々です。筋金入りの信仰者だと断言できます。
ただ、後継者がいなかったのです。「自分たちがいなくなったら、この教会はどうなるのだろう」という不安を抱えているのが現実なのです。
ある統計学者によると、日本には20年後に消滅してしまうかもしれない町村が少なくないそうです。これを見て、だから国力が衰退していくのだと悲観する声があります。一方では、日本の国土に適した人口に絞られていくだけだから、悲観する必要はないのだという楽観論もあります。
統計学的な数字の積み重ねで社会の流れを見ることも大切かもしれませんが、信仰者の立場で、理屈を超越して考えることも必要です。これは聞いた話ですが、昔、英国の田舎の教会に、老牧師がいたそうです。訪ねてくる信者はほとんどなく、説教を聞いてくれるのは、一人の少年だけでした。
その一人の少年に向けて、全身全霊を込めて語ったそうです。やがてその少年も都会に出て行ったため、教会には誰も来なくなり、老牧師は寂しくこの世を去ったそうです。人々からは失敗の伝道者として笑われたそうですが、その少年はやがて大伝道者となり、大勢の人々を救いに導きました。何が成功か失敗か、簡単に結論は出せないと思います。
年老いたアブラハム夫婦には、神様から素晴らしい約束が与えられていましたが、それを実現する実子がいませんでした。世間の常識で考えれば、諦めるしかない状況ですが、3人の御使いがアブラハムとサラのもとを訪れ、次の年に男の子が生まれることを告げました。
そして、告げられた通りにイサクが生まれ、イスラエルの礎が築かれていくのです。(創世記18、21章)
人間は、自分の中にある固定観念や世間的常識に縛られてしまうと、自分の中にある大きな価値を見失ってしまうことがあります。徳川幕府は、長年にわたる鎖国政策により、世界の潮流から取り残されていました。そこにペリー来航があり、慌てて開国をしてしまいますが、交渉術を学んでいなかったので不平等条約を結んでしまいます。
ペリーは黒い蒸気船を引き連れて幕府を威嚇し、交渉の場を設けました。しかし、本当のところは、ペリーの側も手いっぱいだったのです。もし幕府が本気で立ち向かったら、限られた艦隊での交渉で、本国からのバックアップも薄く、ペリーは立ち往生していただろうといわれます。
日本では金が豊富に採掘されていましたので、欧州に比べて安く流通していました。後に結ばれた日米修好通商条約により、来日した商人たちは、合法的に日本の安い金をたくさん仕入れて欧州市場で売りさばき、その差額で大もうけしたのです。
世界地図の中で見ると、日本は小さな国だといわれます。しかし、実際の面積を欧州諸国と比べますと、決して引けを取らないことが分かります。平野部より山が多いといわれますが、そのおかげで豊富なおいしい水があります。
資源のない国といわれますが、海洋資源は豊かにあります。鹿児島湾には大量の金、レアアース、レアメタルが眠っているといわれます。本気で探索すれば、日本周辺の海底に天然ガスもあるだろうし、メタンハイドレートなども活用できるはずです。
取り組み次第では、農業資源だって十分に生かせるはずです。農業を大切にすれば、食料自給率も十分に上げられます。神様が与えてくださった日本の国土は、宝の山だと思います。
日本は江戸時代から、寺子屋のおかげで国民の大半が読み書きできる珍しい国だといわれてきました。道徳観も高く、技術力の高い勤勉な民族だといわれています。この民族性も大きな資源の一つです。
この民族がキリストの福音を自分のものにできたら、世界のどこに行っても素晴らしいリーダーになることができます。この国が先細りのはずがありません。どこかで必ず霊的なV字回復が起こると信じています。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ5:5)
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