正木茂氏召天、ルーテルアワー「心に光を」の初代ラジオ牧師

2017年8月16日20時54分 記者 : 雜賀信行 印刷
+正木茂氏召天、ルーテルアワー「心に光を」の初代ラジオ牧師
正木茂氏(写真:日本メノナイトブレザレン教団枚方キリスト教会提供)

ルーテルアワー「心に光を」のラジオ牧師として知られる正木茂(まさき・しげる)氏が13日午後8時53分、家族に見守られる中、自宅で召天した。先月25日に90歳の誕生日を迎えたばかり。前夜式は17日(木)午後7時、告別式は18日(金)午前10時半から神戸ルーテル聖書学院チャペルで行われる。喪主は妻の政恵さん。

正木氏は1927年、兵庫県加古川市に生まれた。戦時下にある44年、17歳の時、家庭集会に誘われ、重い皮膚病を患っていた軍司令官ナアマン(列王記下5章)の話を聞き、その日にキリストを受け入れ回心した。20歳の時、日本イエス・キリスト教団(当時は日本基督教団)高砂相生教会(現在の単立尾上聖愛教会)で洗礼を受け、翌48年、神戸大学医学部を中退して献身し、関西学院大学神学部、神戸ルーテル聖書学院で学んだ後、51年から西日本福音ルーテル教会の松江教会(島根県)、西須磨教会(兵庫県)の牧師を歴任した。57~60年、神戸ルーテル神学校で学んだ後、津山教会(岡山県)に赴任。また、ラジオ関西や山陰放送などで放送されている「ルーテルアワー」のラジオ伝道には52年から従事し、「心に光を」の初代ラジオ牧師を68年から20年間務めた。その間、北大阪教会(68年)や太子教会(80年、兵庫県)を開拓。さらに、大衆伝道者として各地を巡り、神戸ルーテル聖書学院で教鞭をとった。

87年、60歳で米国に移住し、以後15年間、米国福音放送(BCA)を創設するとともに、在米日本人伝道に尽くし、日本人教会を設立した。2002年に帰国後も、郷里加古川にコイノニヤ・オイコス「憩いの家」を開設して家庭集会を開き、ハワイのラジオ番組「心に光を」で毎週月曜日メッセージを語り続け、各地の伝道集会にも招かれた。著書も多く、聖書日課『この日この朝』『福音に生かされて』(一粒社)、『クリスチャンライフQ&A』(ニューライフ出版)、『十戒と主の祈り』(聖文舎)などがある。84年に留学して神学博士課程を修了した米国コンコーディア神学校大学院から2009年、名誉学位神学博士号が授与された。

長男は神戸ルーテル神学校校長で西日本福音ルーテル教会伊丹福音ルーテル教会牧師である牧人氏、次男は米国コンコーディア神学校教授の直道氏。牧人氏はフェイスブック上で次のように述べている。

「忙しいはずなのに、誰をも受け⼊れ、もてなし、よい助⾔を与え、共に祈り、⼈がイエス・キリストを救い主として、主として⽣きることを励まし喜んでくれました。私たち⼦どもにとっても、最も尊敬し、慕わしい⽗親、牧師、伝道者です。その終わりの瞬間まで、このように⽣きたい、このように召されたい、と思う⽣涯でした」

同じ橋本巽牧師に信仰を導かれ、正木氏とは弟弟子にあたる赤江弘之氏(日本同盟基督教団西大寺キリスト教会牧師)はこう語る。

「正木先生が医学部を中退して伝道者の道に献身した時、橋本師はご家族の反対に際し、『息子さんは今に大いなる働きをする』と言われ、ご自分をバプテスマのヨハネにたとえ、『自分は、息子さんの履物のひもを解く値打ちもない』と表現したそうです」

関連記事

クリスチャントゥデイからのお願い

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。記事の一つ一つは、記者や翻訳者、さらに編集者の手などを経て配信されているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。

この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、毎月定期的にサポートする「サポーター」として(1,000円/月〜)、また単発の「サポート」(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済で可能です。申し込みいただいた方には、毎週のニュースやコラムをまとめた申込者限定の週刊メールマガジンを送らせていただきます。サポーターやサポートの詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。


社会の最新記事 社会の記事一覧ページ

新型コロナウイルス特集ページ

人気記事ランキング

おすすめのコンテンツ【PR】

コラム

主要ニュース