聖書をメガネに 本紙の記事執筆について・その5:記事をいかなる態度で書こうと自覚しているか 宮村武夫

2016年7月30日19時48分 執筆者 : 宮村武夫 印刷
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記者はどのような目的・動機で書いているかに続き、今回は、いかなる態度で記事を書こうとしているか、記者の自覚について報告したいのです。

第一に確認したい事実は、小紙では、各記事は原則記者の署名入りで提示している点です。少々大袈裟に見える側面があるのは確かです。しかし「一寸の虫にも五分の魂」の例えもあります。書いた文章に対する責任とそれなりのささやかな誇りの表れ、しるしです。

これは、本紙に対する取材拒否の声明が放置されたままで、実際にも何かと障害に直面する中、取材を続け記事を紡ぐ各記者にとっては、それなりの覚悟を示すものと、私はいつも尊く受け止めています。そうです。各記者の生活と生涯に裏付けられた記事です。

私は、長い年月、神学校で聖書解釈の授業を担当してきました。その中で教えられたのは、人は聖書を解釈するように生き、生きるように聖書を解釈する。いかに聖書を解釈するかといかに生きるかは分離できない、切り離すことができない事実です。

また今回、1カ月の沖縄訪問に際し、(1)鈴木範久著『内村鑑三日録1888~1891一高不敬事件』(上・下)教文館、(2)『中村獅雄著作集』(全3冊)新教出版、(3)ユゲン・モルトマン著、蓮見幸恵・蓮見和男訳『わが足を広きところに モルトマン自伝』新教出版を持参しました。

制約の中でも、私にとり大切な三先達の文章を交互に読み続け、味わい深い三様の文章と三先達各自の生活と生涯がいかに堅く結び付いているか、あらためて確認しました。

本紙の記事の場合も同じです。結局、読者の生活と生涯、そして心に伝わる記事は、記者がいかに生きているかと切り離せない、生き方が記事ににじみ出てくる。

この単純な事実を認めた上で、インターネット新聞をめぐるさまざまな技術の向上、いつでもどこでも、より良い一歩へ創意工夫を重ねることができればと願っています。

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宮村武夫

宮村武夫(みやむら・たけお)

1939年東京深川生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部(組織神学)修了。宇都宮キリスト集会牧師、沖縄名護チャペル協力宣教師。クリスチャントゥデイ編集長兼論説主幹。

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