この人に聞く(9)被災地支援の第一線で学んだものとは 中澤竜生牧師(1)

2016年6月19日18時20分 印刷
+この人に聞く(9)被災地支援の第一線で学んだものとは 中澤竜生牧師
中澤竜生牧師(写真右)と牧師夫人の佳子(よしこ)氏=東京基督教大学ゲストルームにて

2011年3月11日14時46分18秒、あの東日本大震災が発生した。中澤竜生(なかざわ・たつお)牧師の牧会する基督聖協団西仙台教会も激しい揺れに襲われた。人間はわが身に災難がふりかかわると己が生きるために必死になるが、このような極限状態の中で「隣人愛」にひたすら歩んだ。決して明るみに照らされない活動かもしれない。この特集を通じて中澤牧師がいかに人に、神に仕えてきたのか、少しでも多くの人の支援と祈りの輪が広がることを心から願う。

今年は大震災から5年目となる。中澤牧師は「宮城三陸3・11東日本大震災追悼記念会」を中心となって執り行い、大勢の亡くなった方を偲びながら、何より生きている方々へ寄り添うメッセージを届けたいと、地域に根差した活動に貢献している。クリスチャンのための活動だけではなく、そこに生きて歩む人々のための支援が彼のスタイルだ。

現在は「地域支援ネット架け橋」理事長、NPO法人「東北ヘルプ」理事、最近ではNPO法人「地域支え愛サポートセンター」の理事などを務める。地元の交流や情報発信、福祉や医療支援など、そのジャンルは豊富だ。また職業キャリアも豊かでさまざまな仕事を経験している。元自衛官という点もユニークだ。1988(昭和63)年より基督聖協団の牧師として今日に至るが、「気づき」に導くファシリテーター業や地域コーディネーターとしても活躍している。

中澤牧師は宣教ではなく、宣証(せんしょう)であると強調する。彼のオリジナルの言葉だが、教えるのではなく、自分から感じて変わっていく。その土地に合った関わり方を通してまさに証人として携わり、その地域の御国化が牧者としてのビジョンであると熱く話してくれた。

この人に聞く(9)被災地支援の第一線で学んだものとは 中澤竜生牧師
仙台市内の自治会で困り事サポートの説明会を開く=仙台支え愛サポートセンターで(写真:中澤竜生牧師提供)

中澤牧師は「被災者でありながら支援者に変わった」と言う。今日に至るまでこの新活動は続いている。奇しくも取材後に熊本地震が発生する。中澤牧師が行ってきた現場主義の支援活動は、今後の大震災に役立つ貴重な教訓でもある(中澤牧師は熊本地震でも被災地入りしている)。

インタビューが始まり、中澤牧師が口を開く「震災が起きてすぐに支援とは普通はならないと思うのですよ。自分の生活を取り戻すのですが、私たちは自分の生活を取り戻すという段階は今なのです」。さらに「あの震災で僕の全てが変わりました。震災が起きて、人が来るから道案内から始まって、行けば人に会い、帰ればまた次の人が教会を訪ねてくる」と続ける。

東松島市の活動の始まりは仲間の牧師の捜索からだった

地震直後4日目から同教団のT牧師が東松島市で安否不明となり、遠くは都内から牧師らが集まって捜索活動を行った。感謝なことにT牧師の無事は確認されたが、地震直後に現場に入ると、「人々の必要や避難所の様子を見て回れるので自然と関係ができていく」。当然ながら、現場では凄惨な被災現場を数多く目にしたという。

地震から数日で主な支援グループは仙台地区に集結したが、牧師の捜索以来、東松島市へ支援者を案内するために高速は使えず片道2時間以上をかけて毎日のように往復した。「早朝に家を出て帰宅は夜11時をまわり、牧会よりも支援活動が大きくなっていった」と話す。「水が引けていない状況の中で全ての避難所を回りました」。まず日本国際飢餓対策機構(本部・大阪府八尾市、以下=JIFH)を現場へ案内し、のちに東北で支援がベースとなっていく、さまざまな団体や人を連れていくことになる。

一週間ほど東松島市に足を運び続けたが、もっと近い荒浜地区や名取地区で支援したいと考えるようになる。この頃は東京から同教団の菅谷勝浩牧師(清瀬グレースチャペル)らが活動に加わり、中澤牧師を支えた。菅谷牧師はT牧師捜索活動にも加わり、当時の生々しい現場の様子を撮影したフィルムを自身の教会で公開した。中澤牧師は「なかなか見る勇気がなかったが、今は見てみたいなと思います」と打ち明けた。誰もが当時の傷を今も深く負っていることを感じる瞬間だった。

震災直後の避難所の実態について

中澤牧師は私たちが知り得ない避難所の惨状を語ってくれた。3月の東北の夜は真冬並みに冷え込む。もちろん暖房はない。「体育館はヘドロ臭がして湿気がこもり、床は泥だらけで衛生状態は最悪」。東松島市は津波が川をさかのぼって内陸部まで被害が及び、千人以上の方が亡くなった。「川底のヘドロが陸地の奥まで流れ込んで一面が真っ黒だった」。奥地でも3メートル近く水が来て1階は壊滅的な被害を受けたそうだ。

被災者を苦しませたのはトイレの問題だ。穴を掘った簡易トイレもいっぱいになり転々と穴を掘っていく。震災4日目には簡易トイレですら「使用不可」。人々の精神的な負担がピークに達していた。「自宅が水没しても家に帰りたいという人が大勢いました。それほど避難所生活は苦痛だった」。実際には、収容人数が300人ほどの体育館が人で溢れて入りきらないほどだった。

自衛隊の救助はすぐに入ってきたか

「東松島市の自衛隊も被災したので、1日目に入ってきたが、行けるところまでの捜索でした。実際には4日以降から救助活動が始まりました」。東松島市にある大曲小学校は最も避難者が多く4、5千人。中澤牧師は、教会の裏手にある仙台銘菓・支倉焼工場の社長が働きを知って9千個近くの菓子を差し入れ、地区の避難所へ届けることができたという。この状況下で甘いものを口にすることができて大変に喜ばれたそうだ。クリスチャンではない人が共に動く、まさにオリジナルで掲げる宣証(せんしょう)ではないかと言う。

支援団体の受け入れ窓口として多忙な日々が始まる

震災後は次々にボランティアが入り、中澤牧師は窓口として対応に追われる。まずクラッシュジャパン(クリスチャン災害援助団体:本部・東京都東久留米市、以下=クラッシュ)が支援を開始し、3月18日に電話が通じ仙台圏の超教派の教会で集まる。これが、のちに「東北ヘルプ」(宮城県仙台市青葉区)として広がっていく。こうして教派を超えた活動がスタートする。JIFHはYMCAを拠点に、クラッシュは仙台バプテスト神学校を拠点に、日本基督教団はエマオ館を中心に活動した。

物資の対応に追われる日々が始まる

避難所の物資不足は深刻な問題であった。刻一刻と変わる現場は変化していく。「物がない」と情報が広がると、同じ物が次々に届きだした。「当時はオムツとミルクが不足していたが、情報の伝達がとても早くすぐに広がった。クリスチャンではないルートでも情報が拡散していき、必要はすぐに満たされました」。ここで大きな問題に直面する。物資の保管場所がないこと。届いた物資を避難所へ持っていく術がないこと。

この人に聞く(9)被災地支援の第一線で学んだものとは 中澤竜生牧師
中澤竜生牧師の働きを通して、被災地に神の愛が広がっていく。

中澤牧師の西仙台教会は毎日、時間関係なしにノーアポで物資が届く。運送会社が機能しないので情報を頼りに自家用車で荷物が届けられる。「ガソリンもないし避難所に持っていけないので、物資だけは教会に貯まっていく」。その時の様子を牧師夫人は「礼拝堂の天井まで荷物が積まれ居住スペースも庭も物で溢れかえり、ボランティアが寝泊りしていた場所も足の踏み場もないほどだった」と語る。

ある時、電話が掛かってきて、「自転車300台、洗濯機200台、すでに調達して貨物列車で送っているので急きょ置き場所を確保してほしい」という内容だった。当然、このような量を確保する場所はなく、中澤牧師は断ったが「すでに送っているので対応してほしい」と強く迫られ、どうすることもできずに双方が混乱してしまった。

結果的に知り合いの牧師の紹介から議員を通じてスペースの確保が決まり対応できたが、中澤牧師は「全てが想定外に起きたことではあるが、現場のニーズと広まる情報の差があまりに大きかった」と証言する。連日連夜、電話と物資の管理に、牧師夫人は「運送会社さん顔負けでしたよ」と言う。

さまざまな人の支援の輪が広がって行く

中澤牧師の活動を支援するために多くの人が集まってきた。「罪人の友」主イエス・キリスト教会牧師で刑務所伝道に尽力する進藤龍也牧師もその一人。彼は「いつもそばにいてくれた。帰ったかなと思うとまた来てくれた」。深刻な燃料不足を彼のネットワークを駆使して瞬く間に調達した。

同じ教団の菅谷勝浩牧師も通い続けた。教会員らが協力して物資の箱詰めも行った。宣教師との関わりも大きい。クラッシュに関わった人だけでなく、台湾人のリン・ティン女性宣教師(センド国際宣教団:埼玉県所沢市)には特に感謝の言葉を述べた。リン氏は東北という地に移り住み、文化や方言の壁に直面しながらも「神の愛」を伝え続けた。

このように被災者でありながら被災者支援者へと「後押し」される中で人と人のつながりを大切にする中澤牧師。地震の惨状から現場での新たな活動、最後は自身が掲げる教会論まで壮大な神の計画を聞くことができた。続きはこちら>>

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