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キリスト教名著再読

『幸福論』 カール・ヒルティが贈る聖書を土台とした人生論

2025年12月19日22時20分 執筆者 : 栗栖ひろみ
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関連タグ:カール・ヒルティ
『幸福論』 カール・ヒルティが贈る聖書を土台とした人生論+
カール・ヒルティ著、草間平作訳『幸福論(第1部)』(岩波書店 / 岩波文庫、1935年)

スイスの思想家カール・ヒルティが万人に贈る『幸福論』。聖書を土台としたこの人生論はキリスト者にも、そうでない人にも愛読されており、長きにわたって人生の良き道しるべとなっている。

作品について

聖書の教理は、ただ教会の中にあって講壇の上からのみ語られるのでなしに、一般の人々の生活と密着したものでなければならないと考えていたヒルティは、1891年に『幸福論』を世に出した。

これは、ある師範学校の教材として求められたのがきっかけで執筆したのであるが、この本が出版されるや学生からも一般の人からも好評を得て、瞬く間にヒルティの名はスイスのみならず、近隣の地域、国々に広まっていった。これがきっかけとなって、ヒルティはキリスト教を土台とした人生論をエッセーの形で書きつづり、次々と世に出したのであった。

著者について

ヒルティは、1833年2月28日、スイスのザンクト・ガレン州ヴェルデンベルクで生まれた。父はヨハン・ウルリッヒ・ヒルティと言い、教養の高い有名な医師だった。母のエリザベート・キリアスは、陸軍将校の娘で、教養のある情操豊かな、しかも信仰の篤い婦人だった。ヒルティはこの母の影響を受けているといわれている。

彼は6歳で、グラウビュンデン州クールの小学校に入るが、ここで貧しい階層の子どもたちと交わり、世俗の世界を知ったが、その一方で謙虚で勤勉な人々の生活を見て多くのことを学んだ。そして、彼が生涯変えなかった民主主義の信念と、弱い小さなものに対する同情と理解とを養ったのである。

1844年の秋、11歳で州立のギムナジウム(中等教育機関)に入り、ギリシャ・ローマの古典や、ドイツ、英国、フランスの文学を学んだ。18歳で卒業し、その後、ドイツのゲッティンゲン大学に入って法律学を修め、また哲学と歴史を学んだ。その翌年、ハイデルベルク大学に移り、法律の研究に専念し、広く読書に努めた。

カール・ヒルティ
カール・ヒルティ=1890年(写真:Emil Vollenweider)

1854年4月、ハイデンベルク大学卒業。22歳で博士号を取った後、ロンドンやパリに遊学して自由に講義を聞いたり、図書館に入ったりして、法律学の勉強を続けた。翌年クールに帰り、弁護士として開業した。そして18年間この職業に励み、最も有能で正義感あふれた弁護士として広く尊敬され、信頼された。彼は気の毒な人たちや公共団体のためには無報酬か、または極めて安い報酬で働き、道義的に不正な事件は一切引き受けなかった。

1857年、ヨハンナ・ゲルトナーと結婚した。彼女はドイツの名門の出で、父はボン大学の国法学者グスタフ・ゲルトナーだった。彼女は才能も徳も兼ね備えた立派な女性であった。いつも彼の書記として美しい明瞭な文字で書類を清書したのだった。彼女は1897年に死去したが、ヒルティは心から夫人の死を悼み、「もし来世があるなら心から再会したいと思うのは、ただ自分の妻一人である」と言ったと伝えられている。

1873年、ヒルティは首都のベルン大学の正教授として招かれ、国際法を教えることになった。彼は大学教授の職を学問の研究ばかりでなく、学生の人格の育成にも寄与すべきであると考えた。彼は
聖書を引用して人生論を講義し、これがその後の著作の土台をつくることになったのである。1891年に不朽の名著『幸福論』を世に出し、以来次々とキリスト教を土台とした人生論がエッセーの形で生まれた。

1899年、彼は国際法の権威として、ハーグにある国際仲裁裁判所のスイス委員に任命された。

1909年9月末、休暇を取ってジュネーブ湖畔のホテルで静養した。この間、読書したり、執筆したり、湖畔を散歩したりと静かな時を過ごしたが、10月12日、突然気分が悪くなり、ホテルで絶命した。医師の診断では心臓麻痺だった。机の上には、聖書と最後の論文「永遠の平和」が残っていたという。76年の生涯だった。

見どころ

<仕事の上手な仕方>

働きと休息とは、一見両立しない対立物のようにみえるが、果たしてそうであろうか。(中略)ひとの求める休息は、まず第一に、肉体と精神とをまったく働かせず、あるいはなるべく怠けることによって得られるのではなく、むしろ反対に、心身の適度な、秩序ある活動によってのみ得られるものである。人間の本性は働くようにできている。(中略)だから、本当の休息はただ活動のさなかにのみあるのである。(13〜15ページ)

仕事にも、あらゆる技術と同じく、そのこつがあり、それをのみこめば、仕事はずっと楽になる。(中略)さてここに、われわれが習慣的な勤勉を身につけるのを容易にする二三の、ちょっとしたこつがある。それは次ぎのようなものである。まず何よりも肝心なのは、思いきってやり始めることである。仕事の机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局一番むずかしいことなのだ。一度ペンをとって最初の一線を引くか、あるいは鍬(くわ)を握って一打ちするかすれば、それでもう事柄はずっと容易になっているのである。(21〜24ページ)

なおわれわれはさらに一歩を進めて、こう言ってさしつかえないであろう。すなわち、すべて諸君にとってもっとも容易なものから始めたまえ。ともかくも 始めることだ、と。(中略)想像力はわれわれの計画する仕事の全部を、なしとげ得るはずのものとして、一時に目の前に置いてみせるが、人間の力はそれらをつぎつぎに一つ一つやりとげて行くことしかできない。

(前略)その反対に、多く働くためには、力を節約しなければならない。そしてこれを実行するには、とくに無益な活動に時間を費やさない心掛けが必要である。(中略)最後に、精神的な仕事を容易にする最も有効な、とっておきの方法が一つある。それは繰りかえすこと、言い換えれば、いくどもやり直すことである。(26〜29ページ)

<エピクテトス>

すべて世間の事柄は、きみの欲するままに起これよ、と望んではならない。むしろ世に起こることは、その起こるがままに起これ、と願うがよい。そうすればきみは幸福であろう。(51ページ)

何事につけても、「自分はそれを失った」といってはならぬ。「自分はそれを返した」というべきである。きみの息子が死んだなら、それは返したのである。きみの財産が奪われたなら、これもまた返したのである。(54ページ)

<良い習慣>

第一の主要な規則は、われわれは消極的に悪い習慣を捨てようと努力するよりも、むしろ常に良い習慣を養うように心掛けねばならぬということである。(中略)第二の点は、恐怖心をもたぬということである。(中略)われわれが人生で出会う大抵のことは、決して遠くから眺めたほど恐ろしいものではなく、堪えることのできるものである。

(前略)われわれはどんな価を払っても、われわれ自身のために習慣的に、すべての人々を愛するようにつとめなければならない、人々が愛に価するかどうかは問うことなしに。(149〜154ページ)

<時間のつくり方>

時間がない。これは、ちゃんと正式にきまっていない義務や仕事をのがれようとする時、ひとが最も普通に用いる便利な口実であるばかりでなく、また事実上、しごくもっともな、そしてもっともらしく見える言い分である。

(前略)人間の活動の多くの分野で、今日のあせりと過労なしに、今日よりもずっと多くの仕事をしあげた時代と人々とがあった。今日どこにルターのような人がいるか。彼はあのような信じられないほどの短い時間で、この様式では今なおこれにまさるもののない立派な聖書の翻訳をなしとげながら、しかもその仕事の終わりにへたばってしまうこともなく、あるいは少なくとも半年か、1年の「保養」や「休養」を必要ともしなかったのである。

(前略)また芸術家のあいだに、同時に絵も描き、建築もし、彫刻もすれば、詩作もしたミケランジェロやラファエルのような者がいるか。あるいは毎年、避暑地にも温泉にも行かずに、90歳の高齢に達してもなお働くことのできたティチアノのような人があるか。(178〜181ページ)

時間をつくる最もよい方法は、1週に6日――5日でも7日でもなく――、一定の昼の(夜でない)時間に、ただ気まぐれでなく、規則正しく働くことである。(中略)現在の方法でなら、10時間ないし11時間、すなわち、午前に4時間、午後に4時間、晩に2時間ないし、3時間働くということは、しごく容易である。

(前略)これと密接に関連するのは、小さい時間の断片の利用である。多くの人は仕事にとりかかる前に、なにものにも妨げられない無限の時間の大平原を目の前に持ちたいと思うからこそ、彼等は時間を持たないのだ。(中略)ほんとうに何かを産み出すべき精神的な仕事においては、最初の1時間、あるいは往々最初の半時間が、一番よい時間だといっても決していい過ぎではない。

(中略)もう一つの有効な時間節約法は、すべてのことをただ「仮に」あるいは一時的にではなく、すぐにきちんとやることである。(中略)秩序がよければ、物事を探して、そのために、だれでも経験するように、時間ばかりでなく、仕事の興味までも失わなくても済むし、また研究対象を次ぎ次ぎに片づけて行くことができるのである。(182〜193ページ)

<幸福>

人間の本性は、ほんらい決して享楽に向くようにはできていない。むしろ常に働くようにできている。(中略)仕事なしには、実際この世には幸福はない。消極的に取れば、この言葉は完全に正しい。といって、仕事はそのまま幸福であり、したがってあらゆる仕事は必ず幸福感を伴うというのなら、それはもはや誤りである。(214〜223ページ)

そこでわれわれは、現代のある才女が、その死後公にされた著作のなかで述べている言葉を、最後の結論と認めよう。すなわち、「幸福とは神と共にあることである。これに到達する力は、魂の声なる勇気である。」 地上にはこのほかの幸福はないのである。

(前略)真の幸福はまた、われわれがたえず自分の力を出し、常に自分を励まし、強制しなければならないところにはない。むしろ、われわれがひとたびこの人生観を信奉して、断乎(だんこ)としてこれを実行し、他を捨てて顧みないなら、そのとき幸福は、おのずからわれわれに生ずるのである。

(前略)しかしわれわれはこう言おう、われわれのよわいは70年、あるいは健やかであっても80年であるが、その生涯はたとえ辛苦と勤労とであっても、なお尊いものであった。これが幸福なのである!(244〜247ページ)

<人間とは何か、どこから来て、どこへ行くのか、金色に輝く星のかなたにはだれが住むのか>

ところで、キリスト教のゆるぎない真理と偉大な生命力との証拠は、その直接の敵対者を常に征服してきたことだけではない。――これはむしろ大したことではなく、いやしくもまことの真理であるかぎり当然なことである。――

それよりもむしろ、それがその金色の明瞭さと心気を清爽にする力とをもって、人間的な説教や、余計な説明や、不健全な臆説や、そしてそれらに基づくあらゆる種類の人間隷属などが積みかさなって吐き出す濃い霧を被って、あるいは真の永続的な人間共同社会の必要条件である政治的自由の教えとして、あるいはこれのみがよく人間存在の一切の問題を実際に解決する本当の哲学として、あるいはまた、いかなる種類の大きな人生の不幸に出会っても人の心を去らずこれと対抗してくれる慰めとして、つねに輝き出るということこそ、キリスト教の真理と力との証拠である。(273ページ)

※ この記事は、カール・ヒルティ著、草間平作訳『幸福論(第1部)』(岩波書店 / 岩波文庫、1935年)を基に執筆しています。岩波文庫では、『幸福論』は第1部から第3部までの計3巻に分かれて出版されています。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

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