キリスト者は他宗教に寛容な態度を 内村鑑三記念講演会

2007年3月29日13時15分 印刷
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信仰の自由と他宗教への寛容性を訴えた「内村鑑三」の信仰の姿勢について解説する大友浩氏=25日、今井館聖書講堂で
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福音主義信仰に基づく無教会主義を唱え、日本に無教会の基盤を作った内村鑑三が語った福音の意味を黙想し、今日的課題を考える内村鑑三記念キリスト教講演会が25日、今井館聖書講堂(東京・目黒区)で行われた。同集会の後半では、大友浩氏(札幌独立キリスト教会)が「信仰の自由と精神の柔構造」と題して講演し、信仰の自由と他宗教への寛容性を訴えた「内村鑑三」の信仰の姿勢について解説。キリスト者は他宗教に対して寛容な態度を取るべきだと訴えた。

最初に大友氏は、内村鑑三が唱えたキリスト教信仰の概念について説明した。

内村鑑三はキリスト教とキリストの関係性について、「キリスト教のためのキリスト」ではなく、「キリストのためのキリスト教」であると主張。内村は「キリスト教」という宗教的側面に焦点を当てようとせず、常に「主イエスキリスト」に焦点を置いていたことがわかっている。無教会主義を貫いたのもその一環だと考えられる。内村は、聖書はキリストを知るためのものであり、「キリストがわからなければ聖書はわからない」という考えをもっていたという。

また内村は、「われわれが神を知ることより先に、神はすでにわれわれを知っている」と話しており、神を中心とした信仰を訴えた。さらに、信仰とはただ単に神を信じることではなく、「神と人が『真に』交わること」であると主張。神の真実を追究し、神と真剣に向き合うときにこそ神を信じることができると説いた。

続いて大友氏は、話の核心である内村鑑三が唱えた「信仰の自由」に関する考察に入った。

内村鑑三は「信仰の自由」とは神の恵みであり、かけがえのないものであると述べている。「自由」には信教の自由、良心の自由など様々な形の「自由」があるが、「信仰の自由」は人間に本来的に備わっているものであり、決して妨げられないものであると主張した。そのうえで、「キリスト教は聖職者や教会役員たちだけものではなく、平民のための宗教である」とし、万人のためのキリスト教を訴えた。

一方、内村はキリスト教に入信する際に、良心の自由が侵されることを恐れたという。「強いられた気もし、自身が告白するべきものであるが多少は良心に反するものであった」と内村はその胸の内を語っている。

反面内村は、入信後に「日々自分に死ぬこと。それが選びである」と語っており、このことから彼が完全に神の統治のもとに生きようとしたことがわかる。このような認識のもと、内村は「信仰の自由」について、「神の霊の活動の自由」であり「自分に死んで、全てを聖霊の導きに任せること」であると話している。内村は、「信仰の自由」も神の導きであると説いたのである。

さらに大友氏はテーマのもう一つ、内村鑑三の「精神の柔構造」について説明した。

内村鑑三は、「私のトリニティアンとしての偏見を大いに取り除いてくれ」と書き記している。つまり、キリスト教を優遇し、他の宗教を差別的に見て軽視することを嫌ったということだ。さらに、内村は世俗世界に対しても開かれた態度を示した。内村は「信仰の自由」について、「この世からの自由であるが、この世への自由でもある」との見解を示している。

このような内村の寛容性と柔軟な姿勢はどこから生まれたのか。原因の一つは学問をこよなく愛したことだ。彼は聖書研究にとどまらず、数々の学問に触れたことがわかっている。また、内村は「キリスト教」ではなく「キリスト」を知るための聖書研究に尽力し、しかも「キリストの生」そのものに焦点を当てた。そのことが彼の態度を寛容かつ柔軟にしたと考えられている。なぜなら主イエスキリストこそ、神の寛容をその生き様によって示された張本人であるからだ。内村は、「キリストに集中するものは必然的に開放的になる」と話している。

結論として内村鑑三は、キリスト教を唯一とする狭義のキリスト教ではなく、他の宗教に対する寛容な態度と考えを示す広義のキリスト教を提唱した。固いキリスト教ではなく、広やかなキリスト教を訴えた。さらに内村は、「キリスト者ならばお互いに尊敬し、受け入れあうことが大切だ」と説いている。このようなことからも、内村鑑三がキリスト教優越論をむやみに取ろうとしなかったことがわかる。弟子たちの足を洗い、神と等しいことに固執しなかったイエスキリストの仕えとその謙遜な生の姿勢を、内村は徹底して貫こうとしたのである。

大友氏は、「『信仰の自由』とは、人間が生まれながらに持っている根本的な自由であり、キリストの霊が働くことによる自由である。最後は神さまが導いてくださる」と結論付け、講演を終えた。

講演に参加したある女性は、「講演会には毎回出席しているが、今回もう一度内村先生の本を読んでみたいと思いました。内村先生はクリスチャンとして寛容な姿勢と信仰の自由をもっていたことがわかりました。神に全てを任せて生きた内村先生に改めて感銘を受けました」と語った。

また、講演会後には質疑応答の時間が設けられた。「無教会は『救い』についてどのように考えているのか」という質問に対して、千葉眞氏は、「無教会は教会のかべの外にも救いがあると考えている。内村もそのように考えていました。もちろん教会内に救いがあるのであって、教会の在り方を否定するものではありません」と答えた。また、今後の無教会の課題と日本の課題について同氏は、「聖書研究を徹底していくことです。小さな集会から始めて、福音と聖書の学びをしっかりしていくことが今の日本に要求されていると思います。徹底した平和主義を唱え、あちこちで証しするべきです」と語った。

講演会には今井館教友会、経堂聖書会、無教会新宿集会など、都内で聖書研究を行う無教会から約110人が参加した。

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