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平野耕一牧師「イエス伝」(6)・・・その力はどこから来たのか(下)

2009年6月4日10時40分
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 神を信じる善良な者たちが礼拝の場でこれほどまで激情し、これほどまでの行動に出たのは、理解しがたい。なぜか。よほどのことにちがいない。



 ごく最近まで中東の国々で同様のリンチが行われていた。被告者を崖ふちまで追い込み、群がった男たちが石を投げつけ、耐えられなくなった被告者は自ら崖から身投げして死を迎えるというのがシナリオだ。今日でもイスラエルの至るところにサッカーボール大またソフトボール大の石はゴロゴロころがっている。彼らが投げつけようとしたのは小石ではなかった。



 長老格つまり最年長のリーダーが、まず一石を投げつけるのが当時のやり方だ。敵対心に燃えた男たちは手に石を握り締めた。初投と同時に、力を振り絞ってイエスに投げつけようと待ち構えていた。



 男たちはその合図があまり遅いので、リーダーに目をやると、投げつけようとして振り上げた彼の手は硬直していた。



 崖のふちに立ったイエスは一瞬、谷底を見ているようであり、また祈っているようにも見えた。イエスがゆっくりと頭をもたげると、その目線はリーダーの目とぶつかった。すると、イエスの力強い燃える炎のような視線に捕えられた男のからだは、金縛りにあったように固まってしまったのだ。



 一同の目はリーダーから離れてイエスに目線を移した。イエスはゆっくり頭を動かしながら、しっかりと男たちの顔をぐるりと見渡した。男たちの目はイエスの目と交差した。ピーンと張りつめた空気の中で石を握り締めた彼らの手はピクピク痙攣した。



 イエスは静かに確かな一歩を立ちはだかる男たちに向けて踏み出す、男たちは後ずさりした。歩を進めるごとに彼らは後ずさりし続け、ついに男たちの列は二手に別れる。イエスは、何と、彼らの真ん中をスタスタと通りぬけて行ってしまったのだ。イエスは二度と後ろを振り返ることはなかった。男たちはその場から一歩すら動くことができなかった。



 すべては無言のうちに行われた。その場を覆った沈黙の中の緊張感は男たちの身の毛をよだたせた。一言すら誰の口からも発せられなかった。静まり返った中で、彼らはイエスに道を開いた。無言の迫力に圧倒された。



 イエスがごく普通の人と思われていたことを示唆するもう一つのエピソードがある。それは、自分の周りに集まる人々へのミニストリーで、イエスも弟子たちも食事をする暇すらなかった時に、ある人たちが「気が狂っている」と言ったのだが、それを聞いたイエスの身内の者たちはイエスを連れ戻しに来たのだ。



 また、ある者たちが「イエスは悪霊につかれている」と言ったとき、災難が自分たちにふりかかることを恐れて連れに来たのだ。家族はイエスをそれほど特別視していなかったことは明らかだ。弟たちはイエスの弟子になろうとはしなかった。



 ペテロは母マリヤと親しくナザレ時代のイエスについて聞いていたのだが、何も語ってない。ヨハネなどは母マリヤを養母として迎えともに生活しケアーしたので、ナザレ時代のイエスについては詳細に知っていたはずだが、その福音書には一言も言及していない。つまり、書くほどのことはなかったのだ。



 これらはイエスは普通を超えた人ではなかったこと、つまり、変貌はごく短期間に急に起こったことを示している。



 それにしても。ここまでイエスを変貌させたものは、いったい何だったのか。



 人生に激変が走る時がある。アブラハムは七十五歳と百歳、イサクはおそらく十五歳と四十歳で、ヤコブはほぼ十七歳と四十五歳の時、ヨセフは十七歳と三十歳、モーセは四十歳と八十歳で、この激変を経験した。



 私も二十歳前後で、洗礼、献身、神学校訓練、米国留学と矢継ぎ早に変化が起こり、四十四歳で帰国、開拓伝道などを開始した。20才前後と四十歳前後に激しい変化を体験した。



 激変のときには、私のように小さなスケールの人間ですら大きな力が働く。イエスにはどんな力が働いたのだろうか。 (次回につづく)



◇



 平野耕一(ひらの・こういち):1944年、東京に生まれる。東京聖書学院、デューク大学院卒業。17年間アメリカの教会で牧師を務めた後、1989年帰国。現在、東京ホライズンチャペル牧師。著書『ヤベツの祈り』他多数。

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