2015年12月21日16時04分

【科学の本質を探る㉑】ガリレイの実像(その3)誤った論拠で地動説を支持した 阿部正紀

コラムニスト : 阿部正紀

前回、ガリレイは、教皇が彼を支持していたのに、世間知らずのため処世を誤って地動説を誓絶させられるはめに陥ったことをお話ししました。

今回は、ガリレイは「近代科学の父」とあがめられているにもかかわらず、古代ギリシャ思想の原理(惑星は円運動をする)から脱却できなかったために、誤った論拠で地動説を支持したことを説明します。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • 近代科学は、キリスト教思想や古代ギリシャ思想などの人為的な要素と結び付いて生み出された。

観測と数学を重んじた「近代科学の父」

ガリレイは、「落体の法則」と「慣性の法則」(力が加わらなければ物体は同じ状態で運動または静止し続ける)を樹立したので、近代力学の元祖とみなされています。さらに彼は、観測(実験)から得られた結果を数学的な法則で表す近代科学の方法論を確立したので、近代科学の父とたたえられています。

科学史では、自然現象を数学的法則で記述する方法論をガリレイが確立した17世紀に科学が誕生したとされています。

自然を機械論的に説明したが、機械論者ではなかった

ガリレイは、ケプラーが信奉していた神秘主義的な思想(第18回)を持たず、自然現象に対して数学的な法則によって機械論的な説明を与えました。しかし、ガリレイは、自然を機械仕掛けで動くものに過ぎないと考える機械論的な自然観は抱いていませんでした。自然を「全能の神の作品」と考え、その中に「偉大な神のみわざと巧みさ」が表されていると想定するキリスト教的な自然観を持っていたのです。

ガリレイは、神を「最良の方法で世界を組み立てた聖なる建築家」と呼びました。そして、聖なる建築家である神は、天体を創造したときに、天体が不動の太陽を中心として回転するように定めた、と考えました。

「惑星の円軌道」から脱却できなかったガリレイ

さらにガリレイは、「天上界の運動は、完全な図形である円を描く」と考えていました。つまり、コペルニクスと同じように、古代ギリシャ思想の原理(第17回)にとらわれていたのです。

近代科学の父といわれるガリレイですが、実は、このようにキリスト教的な自然観を抱くとともに、古代ギリシャ思想の原理から完全に脱却していなかったのです。

円軌道に固執したガリレイは、当時の最先端理論であったケプラーの地動説(惑星が楕円軌道を描く)を無視しました。

さらにガリレイは、楕円軌道を描く小惑星である彗星(ほうき星)が現れたとき、誤ってこれを「地球の水蒸気に光が反射して起こる目の錯覚」と主張しました。一方、イエズス会士のグラッシ神父(第19回)は、正しく彗星を、楕円軌道を描く天体であると考察していましたが、ガリレイは彼を激しく攻撃したのです。

「地動説の決定的証拠」の間違い

ガリレイは、自分が望遠鏡で発見した事実(月の表面の凹凸、木星の衛星、金星の満ち欠け)が地動説を支持していると主張しました。しかし、それらは状況証拠でしかありません。そこでガリレイは、地動説の決定的な証拠を潮汐(ちょうせき、潮の満ち引き)に求めました。彼は、地球の自転と公転の複合効果によって潮汐が起こることを示し、これこそ地動説の決定的な証拠であると主張しました。

しかし、これは全くの誤りであることがその後証明されています。一方、イエズス会士らは、潮の干満は月の引力によって引き起こされると正しく推論しました。ところがガリレイは、それを魔術的なもの、占星術的迷信として退け、イエズス会士と激しく対立したのです。

近代科学のパイオニアたちの世界観と思想

以上のように、ガリレイは神秘主義思想には反対しましたが、キリスト教的な自然観を抱き、古代ギリシャ思想の原理から脱却できず、円軌道にとらわれていました。

ガリレイのみならず、近代科学のパイオニアたちは皆、キリスト教的な世界観を抱いており、これを古代ギリシア思想や神秘主義と結び付けました。本連載コラムで取り上げたコペルニクス、ケプラー、ガリレイ、ニュートンがどのような世界観と思想を抱いて宇宙を見つめたかを図1に示しました。

全員がキリスト教的な世界観を抱き、ケプラーとニュートンが神秘主義思想を信奉していました。

【科学の本質を探る㉑】ガリレイの実像(その3)誤った論拠で地動説を支持した 阿部正紀

コペルニクスは、古代ギリシャ思想の「一様な円運動」の原理に忠実に従う地動説モデルを作りました(第17回)。

ケプラーは、円軌道を正確に決めようとして、ついに円軌道を捨てて楕円軌道に達しました(第18回)。

ニュートンは、ケプラーの楕円軌道に基づく天体モデルから万有引力を導き出して、近代的力学を完成しました。しかし、ニュートンは神秘主義思想の持ち主で、錬金術の研究に没頭していました(第10回)。

図1からも分かるように、近代科学は黎明(れいめい)期に、キリスト教思想に神秘主義や古代ギリシャ思想などが結び付いて生み出されました。それゆえ科学史では、「近代科学の母胎はキリスト教思想」とされています。

【まとめ】

  • ガリレイは、自然現象を数学的法則で記述する近代科学の方法論を確立した「近代科学の父」とあがめられている。
  • 彼は、神秘主義思想は退けたが、キリスト教的な世界観を抱いていた。
  • またガリレイは、古代ギリシャ思想の原理(惑星は円軌道を描く)から脱却できなかったために、誤った論拠(潮汐は地球の運動で起きる)で地動説を支持した。

【次回】

  • ガリレイは、古代と中世の神学者の聖書解釈を継承して、聖書を字義的に解釈しないでその真意を探るべきであると訴えたことを説明します。

※2017年11月20日に内容を一部修正しました。

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阿部正紀

阿部正紀

(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

① アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
⑰ コペルニクスの実像―地動説は失敗作
⑱ ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
㉘ 中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
㉙ 中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
㊷ 科学の本質と限界