「同性婚ケーキ作り拒否裁判」に見る保革の主導権争いと米最高裁判事の任命制度

2018年6月6日17時00分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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米連邦最高裁の現在(2017年4月〜)の判事9人。手前中央が首席判事(最高裁長官)のジョン・ロバーツ氏。(写真:Franz Jantzen / Collection of the Supreme Court of the United States)
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現地時間4日、保守的なキリスト信仰を持つケーキ店主ジャック・フィリップ氏が、2012年に同性婚カップルのためのウェディングケーキを作ることを拒否したことに端を発する係争に、米連邦最高裁が判断を下した。7対2でフィリップ氏を擁護する判決が言い渡されたのである。

この問題は、コロラド州に住むケーキ店主(フィリップ氏)と、その彼にケーキを注文した同性カップルの間で争われたのではない。最初はそこに火種が生まれたが、最高裁で争われたのは、フィリップ氏とコロラド州公民権委員会の対立だった。公民権委員会は、同性カップルからの提訴を受け、人種や性別、性的指向(離婚歴も含む)に基づくサービス拒否を企業に禁じる反差別法に違反するとの見解を示した。これに不服だったフィリップ氏が、公民権委員会を相手取って最高裁まで係争を持ち込んだという流れである。

公民権委員会の判断はコロラド州裁判所も支持した。州の判決に不服である場合、その最終判断を連邦最高裁に持ち込む(持ち込める)には、かなりの忍耐と努力が必要である。まず、その係争を州裁判所ではなく、連邦裁判所が米国全体に対して判断しなければならない、と見なされることが必要である。さらに舞台が連邦最高裁となる場合、それは本人同士の利害に留まらず、米国全体の保革争いに政治的に取り込まれてしまうことを意味している。

その好例が1973年の「ロー対ウェイド事件」であり、2005年の「テリ・シャイボ事件」である。前者は人工妊娠中絶を事実上容認する(と保守派は受け取り、猛烈に反対している)判例となり、後者は人間の尊厳死をどこまで認めるかという倫理的な判断にいつしか大統領(当時のジョージ・W・ブッシュ)まで登場して、争いを激化させた判例である。どちらも福音主義的な聖書観に則った保守層(主に共和党)が大いに反発した。特に前者は、いまだにこの判決を覆そうとする保守層の気概はなえていない。

今回の判決は、最高裁判事の1人であるアンソニー・ケネディ判事が主文を書いており、7対2という圧倒的多数でフィリップ氏擁護となった。最高裁は、公民権委員会が宗教に対して容認しがたい敵対心を示していると判断し、米国憲法修正第1条に定められた宗教上の権利(信教・表現の自由)を侵害したと結論付けたのである。

「同性婚ケーキ作り拒否裁判」に見る保革の主導権争いと米最高裁判事の任命制度
判決の主文を書いたアンソニー・ケネディ判事

ただ、係争領域が宗教にまで及ぶ事件であるため、この一件でコロラド州の反差別法の是非を問うことや、本件のような例外を認める条件などについては判断を避け、下級裁判所に差し戻されることになる。つまり同性婚やLGBT問題に関わる政治的な意味でのマイルストーンと見なされることは本意ではないということだろう。

だがその判断が米国市民にきちんと浸透するかは定かではない。そしてすべての事柄を「宗教」に連関させることを留める術はないと言わなければならない。

主文を執筆したケネディ判事は、1987年にロナルド・レーガン大統領から指名された人物である。レーガン大統領は、彼の前に保守派のロバート・ボーク氏を最高裁判事に指名しようとするが、民主党からの強い反対によってこれを完遂することができなかった。その後任として推されたのがケネディ判事であった。そのため、基本的に保守的な思想の持ち主ということになろう。その彼が今回の裁判を切り盛りしたというわけである。

保革両派から見た大統領の評価として、連邦最高裁の判事に誰を指名したか、というものがある。連邦最高裁の判事の指名というのは、その職が終身であるため、大統領本人がいくら努力しても、その機会は巡ってこない。判事本人が辞意を表明するか、または死去することでそのポストが空くことでしか交代は起こり得ないのだ。

しかし一度そのチャンスが巡ってきたとき、支持母体である保守(共和党)または革新(民主党)に歓迎される人物を指名するかどうかが、大統領の評価につながるのだから、大統領にとっては大きな課題となる。

歴史の妙とでもいうべきか、1981年から88年までの8年間でレーガン大統領(共和党)は4人の判事指名権を得たのに対し、同じ8年間(1993〜2000)在任したビル・クリントン大統領(民主党)は2人のみ。また同じく8年間(2009〜16)務めたバラク・オバマ大統領(民主党)に至っては、3人目の指名権を持ちながら任期切れのため、その権限をドナルド・トランプ大統領(共和党)に譲らなければならなかったのである。当然、トランプ大統領は就任直後(わずか11日目)に保守派のニール・ゴーサッチ氏を指名した。

これで9人の判事が、保守4、革新(リベラル)4、中道1となったわけである。その中で下された今回の判決は7対2。いろんな見方ができるだろうが、やはり保守化傾向が次第に強まっていると見ることもできるだろう。ただ、だからと言って一気に同性愛撲滅キャンペーンのようなものが張られるわけではないし、そこまでの急激な反動を起こさないために存在しているのが最高裁だともいえる。

判事たちは、一旦就任してしまえば推薦者たちの顔色を伺う必要はない。だから判事候補の過去の足跡だけを見るなら、「保守」「革新」という判断は下させるが、果たしてその人物が周囲の(特に推薦者たちの)予想通りの司法判断を下すかどうかは、誰にも分からない。大統領であっても、自薦した判事に圧力をかけることはできない。だから判事がどう判断するかについては、まさに「神のみぞ知る」である。

今回の判決は、確かにトランプ大統領にとっては歓迎すべき結果だろう。しかも圧倒的多数でのフィリップ氏の勝利である。しかしこの判決をそのままキリスト教保守派の主張が通ったと見なし、トランプ大統領の成果と見なすのは早計であろう。判決文は明らかに中道を意識しており、両派をいたずらに刺激しないような配慮がなされている。

何より2015年の「オーバーグフェル対ホッジス事件」を通して、同性婚を認めない州法をすべて違憲であるとする判断を下した最高裁判決(事実上の同性婚の認可)の主文を書いたのは、今回の判決の主文を書いたケネディ判事その人なのである。

宗教的な理由のみでなく、判事集団には彼らなりの矜持があり、三権分立の精神を体現する中で今回の判決に至ったのだ、と含みを持った受け止め方こそ、今必要なことなのではないだろうか。

そういった意味では、トランプ政権となって米国が前代未聞の事態に陥りながらも、米国の米国たる基本理念(三権分立)はまだ守られているといえる。

トランプ大統領がイスラエルへの大使館移転、北朝鮮との歴史的会談、と人々から注目されることに酔いしれる中での今回の判決。これを決して「トランプ劇場」の一幕という小さな視点だけで捉えてはならないだろう。

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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