なにゆえキリストの道なのか(142)人は神と関係なく生きてもいい? 正木弥

2018年5月12日06時57分 コラムニスト : 正木弥 印刷
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神を信じない人でも正しい人がいる。人は神と関係なく生きてもいい。

人の心の中には、エゴや欲をはじめ、汚いもの、悪いもの、ずるいものなどなど実にさまざまなものが押し合いへし合いして存在しています。それをうまくコントロールできる人と、そうはできずに表情や言動に飛び出してくる人がいて、うまくコントロールできる人は正しい人のように見られます。

つまり、正しいと見える人も、その心の内実はやはり汚いもの・悪いものなどがないとはいえません。正しい人と思われていた人たちの思いがけない告白を聞く機会があれば、彼らも人間であってやはり罪人であることがよく分かります。

仮に、心の芯まで清い人がいたとしましょう。それは評価すべきですが、ただし、少なくとも一点問題があります。それは、自分の造り主であり、いのちを与え、さまざまな恵みを与えてくれている方、天地の主である神を認めないこと、その神から遠ざかって生きているということ、この一点です。

その点は、神から見れば大きな大きな問題なのです。この人は、人間の前では正しいとされても、神の前では正しいとされないのです。「神と関係なく生きる」と表明する点において、神の前で罪人となる決意ですから、その通り生きれば神の裁きを免れないでしょう。

「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ」(Ⅰコリント16:22)

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正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

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