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【寄稿】九州豪雨ボランティアに参加して 神戸国際支縁機構会長・岩村義雄

2017年7月14日21時48分 執筆者 : 岩村義雄 印刷
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+九州豪雨ボランティアに参加して
今回の豪雨で、朝倉市立杷木中学校に避難した人たちに食事を提供するボランティアたち(写真:神戸国際支縁機構提供)
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福岡県朝倉市は、地方自治体も自治会も防災意識が強い地域でした。日頃から災害に注意しており、ハザードマップも備えて筑後川の氾濫に備えていました。ところが7月5日、川ではなく、遠い山から土石流が多くの流木と共に襲ったのです。前の川の増水ばかり気にしていたところ、いきなり後ろの山から濁流がやって来たのです。

神戸国際支縁機構は7~9日、福岡県朝倉市杷木(はき)中学校の体育館で炊き出しを行いました。そのとき、避難者が話していました。杷木松末(ますえ)で、一緒に逃げようとしない年配の方たちがおられたというのです。「生まれ育ったところから離れたくない」という気持ちが強い方たちもおられたのですが、孤立した地域では救助は一刻を争います。

「2次災害として、渋滞や、ボランティア自身のケガなどに対して面倒を見きれない」「面倒だから」という名目で、ボランティアを規制する場面に何度も遭遇してきました。神戸国際支縁機構はあらかじめ現地の受け入れを確認して入っているものの、善意で現場にかけつけたボランティアは、社会福祉協議会などによって門前払いされます。やむなく帰途につく、失望の色を浮かべたボランティアを何人も見かけました。東日本大震災、熊本・大分地震でも同じ体験をしてきました。現地へ急行しようとすると、「自衛隊がいるのだし、素人が行っても、迷惑になるだけ」という声がありました。

なぜマンパワーが必要な現場で、ボランティアを拒絶するのでしょうか。たくさんのボランティアが押しかけても管理できないからでしょう。ドロ出しについてある程度、見込みがつくと、使い捨てのように不要になります。専門職、資格のある人、経験豊かな者でないと、かえって足手まといになると切り捨てられるわけです。

先に紹介した避難しようとしない年配の方々の話を聞いたら、すぐに対応しなければなりません。人のいのちの生殺与奪権は「官」が掌握しているわけではありません。住民の脱出、危険の回避、生きながらえる権利は、行政だけが全責任を持って対応する性質のものでもありません。近隣、隣人、通りかかった善意の人が助け合うコミュニティーづくりを心がけねばなりません。

「迷惑をかけてすみません」から「お世話になります。ありがとうございます」と被災地でみんなが言えるエートスを作り上げねばなりません。そのためには、5年、10年を要するでしょう。「無関心」の、見ざる、言わざる、聞かざるから脱皮した人間性豊かな共同社会を目指すべきです。日本人全体が有機的な思いを抱く、血の通った「縁」を大切にしたいものです。

打ち上げ花火のように、人目を引くことはボランティア道ではありません。「後ろ姿でにっこり」の感謝の心を持って、被災者に寄り添うことを第一にしたいものです。地道な継続を求められます。

同じようにボランティアも、「何しに来ているのか」と言われることを気にするようでは務まりません。人間的な評価を得ようとして取り組むのは、自己充足感、満足感、達成感を満たす動機になります。被災者に不幸、悔しさ、悲しみのトラウマがあるなら、徹頭徹尾、それを支え続ける優しさがボランティアには求められます。たとえその日、「忙しいから」「もういいから」と断られても、翌日には待っておられることだって体験します。

ボランティアは、生活が急変した被災者に寄り添います。最も絶望した人々の視座からの慰めを考慮すべきです。聖書の神は「なお、低く下って天と地を御覧になる」方と書かれています(詩編113:6)。

「まずは準備が整ってからお伺いします」では間に合わないのです。例えば、ご近所の家が燃えており、中で人が気付かずに眠っているとするなら、まずはたたき起こすという初動の緊急性が求められます。「完全に装備したら救援に行きます」では、いつまでたっても助けられません。ひもじい思いをしている人たちに忍耐を強いることになります。つまり、現地への交通費、緊急車両特別免除、募集などがある程度そろってからでないと行動できないようなボランティアは、年に1、2回行くのが関の山です。備品などが何もなかったとしても、現地ではやることがいっぱいあるのです。

ボランティア道とは、水もトイレもないところへすぐさま飛び込む精神があれば、資格を問いません。「それぞれが自分勝手に現地に急行すると、渋滞を引き起こすから」などと余計な心配をする必要はありません。人命救助の消防隊、警察、自衛隊は、孤立した地域へ行く道路などを閉鎖して、一般車は通行できないようしているからです。ヘリコプターで救援活動をしている現場と、避難所で炊き出しなどのボランティアをする場所は異なります。

大切なことは、生きることもおぼつかない人たちのところへすぐに急行し、寄り添う感性、共苦、共生する有機的な思いです。災害国日本では、被災者と苦縁するように覚醒しなければなりません

岩村義雄

岩村義雄(いわむら・よしお)

2001年以降、被災者に寄り添う「ボランティア道」を展開。海外ではネパール、バヌアツ、ベトナムなど、国内ではタコ(他己)の精神で、熊本地震で被害を受けた益城町、鬼怒川や丹波の水害被災地を訪問。東北には3・11直後から75回訪問している。神戸国際支縁機構会長、「みんなで『死』を考える会」会長、「阪神宗教者の会」代表世話人、神戸国際キリスト教会牧師、「カヨ子基金」代表、神戸新聞会館講師。
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