なにゆえキリストの道なのか(107)神はこの世界になぜ罪や悪を残しておかれたのか 正木弥

2017年9月2日06時57分 コラムニスト : 正木弥 印刷
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神はこの世界になぜ罪や悪を残しておかれたのか。

前に述べたように、神は人をご自分に似せて自由意思を持つ存在としてお造りになりました。自由意思であれば、神の言葉に背くことも従うこともできたわけです。その“背く”ことが罪や悪の初めであり、土台であるわけです。ならば、神は人間世界を、罪や悪があり得るものとしてお造りになった、ということもできます。

ではなぜ、自由意思の存在としてお造りになったのか。それは(再述になりますが)機械仕掛け、操り人形のような人間では面白くないとお考えになったからでしょう。

かつまた、人間は罪や悪に負けたり、屈したりするかもしれない[それは悪の勝利だといえるでしょう]が神は全能であり、神は究極のところで罪や悪をも支配しているからです。つまり、神の掌(たなごころ)で(神の許容された範囲の中での)罪や悪の活動であるといえます。

神は、罪や悪の誘惑・妨害・欺きなどを通して、人の従順を確認しようとされたのかもしれません。

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正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

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