なにゆえキリストの道なのか(104)原罪と罪とはどう違うのか 正木弥

2017年8月12日06時56分 コラムニスト : 正木弥 印刷
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原罪と罪とはどう違うのか。

原罪とは、人類の始祖(アダムとエバ)が犯した罪が、子孫であるすべての人間に及んでいるとの教理です。その聖書上の根拠は、ローマ人への手紙5:12ですが、簡単明瞭というわけではありません。

古代の教父アウグスチヌスは、「原罪とは、アダムから遺伝によって引き継がれた罪だ」と理解しました。しかし、それでは引き継がれた者の、罪に対する主体的責任が認められない、との欠点があります。

一方、罪とは「始祖アダムとエバが神の言葉に背いて、禁ぜられていた行為をしたこと(堕罪)により、神の元から神なきところへ脱落したのであるが、その子孫たる者はすべて、生まれたときから神なきところに居り、(それは罪の土台を形成しているのだが、)人間ひとりびとりは始祖の立場を引き継いでゆき、その土台の上に、自分中心になり、さらには、内心の罪へ、そして罪の行いへと発展させる強い傾向性を持っている。個々の人間は、その罪の傾向を止めることはせず、むしろそれを追認もしくは発展させていく。それが罪である」とします。

誰もその歯止めを完全になし得る人はいません。相対的に少ない人、多い人の差はありますが、誰も彼も、自分中心(エゴイズム)の罪になり、内心の罪へと発展しようとするわけです。そういう意味で、人類はみな罪人であるのです。

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正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

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