トピックス 九州豪雨  宗教改革500年  聖書翻訳  同性愛  沖縄  

なにゆえキリストの道なのか(100)罪をあまり意識しない、そのメカニズムはどうなのか 正木弥

2017年7月15日06時16分 記者 : 正木弥 印刷
Facebookでシェアする Twitterでシェアする
関連タグ:正木弥

罪をあまり意識しない。そのメカニズムはどうなのか。

ほとんどの人はあなたと同じで、(何か具体的な罪にとらわれている場合は別として)罪一般をはっきりとは意識しないでしょう。

人は、人々の中で、他の人間と比較しながら自分を見ています。外側に現れる部分ばかりを見て、自分の中を鋭く見つめることができていません。まして、神様の前にある存在としての自分を(神様を知らないので)罪と考えることができないのです。

〔罪の構造の図〕

なにゆえキリストの道なのか(100)罪をあまり意識しない。そのメカニズムはどうなのか 正木弥

上の図を見てください。

➀ 罪の根(罪の根源、基礎、土台)・・・神を認めない。神を無視する。神から離れて生きる。遠ざかって生きる。神を知ろうとせず、無関係に生きる。

なぜ、これが罪であるのでしょうか。それは、神が造り主であり、人間が造られた者であるからです。造られた人間が造り主に従わないでいいはずがありません。造られた者(人間)は造り主に向き合い、造り主を敬い、造り主の言うことを聞くべきです。そうしないのが罪の根源であり、基礎であり、土台です。始まりです。このことがよく理解できれば、キリスト信仰の半分ができたといえるでしょう!

➁ 罪の幹・自己中心・エゴイズム・・・神を認めないなら、(人間は何か核が必要ですから)自分が核に、つまり中心になります。自分を取り巻く小宇宙の主(ぬし)に自分がなるのです。この“自分中心主義”を“自己中”とか“エゴイズム”とかいって、それが罪の根幹です。

何かあると、自分の利益、自分の都合、自分の快感(心地良さ)を優先して考え、動きます。他人のことは後回しにし、自分にゆとりがあるときだけ、他人の利益、都合を考えることになります。これは誰にでもあることで、みなそれは当然と考えますが、真面目な人はこれにこだわり、どうにかして自己中を克服できないものかと悩みます。多くの小説のテーマにもなっています。夏目漱石や芥川龍之介の小説の深層のテーマはこれです。

➂ 内心の罪・・・上の ➁ で述べた自分の利益、自分の都合、自分の快感は容易に破れます。他人もやはり自分の利益・都合・快感を求めていますから、お互いにぶつかるのです。そして争いや不快感、悪しき欲望に発展します。不正義になるのです。それを“内心の罪”と称します。

具体的には、怒り・憎しみ・悪意・敵意・ねたみ・不義・いきどおり・偽り・貪欲・邪悪・高ぶり・高慢・不遜・情欲・好色・淫欲・怠惰・不平・不親切・いじわる・冷淡・無情・親不孝・復讐心・さげすみ・侮り・虚栄心・悪しき思いなどで、これらが入れ代わり立ち代わり心の中に湧いてくるのが、ほとんどの人の実情です。

これらの1つや2つがないという人はいないでしょう。いつも、すべてが、というわけではありませんが、何かしらこのようなものが私たちの心を占めるのが現実ですね。これらが“内心の罪”といわれるものです。

➃ 罪の行い・・・内心の罪がある時、ある状況下で、ひょいと“罪の行い”に転化することがあります。抑えきれずに転化することもあるでしょう。とにかく、罪が外に現れることも少なくありません。

例えば、不和・ケンカ・口論・いさかい・反目・分争・悪口・中傷・嘘(うそ)・偽り・そしり・いじめ・愚痴・だまし・欺き・ごまかし・不正・盗み・裏切り・高ぶり・傲慢(ごうまん)・不品行・不倫・姦淫・横暴・乱暴・殴打・殺傷・盗み・脅し・仕返し・略奪・怠惰・わがまま・・・あげればキリがありません。

これらのうち、法律に触れるものが犯罪です。犯罪にならなくても、陰口・中傷などは(安易になされがちですが)被害者を強く傷つけるもので、被害者は悶々(もんもん)として自殺に発展する場合もあります。単なる盗み以上に悪質といえる場合もあるでしょう。犯罪でなくても、罪が軽いとは言えません。

〔まとめ〕

➀ 罪の根、➁ 罪の幹・中心、➂ 内心の罪は誰にでもあります。それらを外に出すまいと努力します。それができている人は、他から見れば「立派な人」「善人」に見えます。でも、罪がないわけではありません。うまく抑えられているだけ、といえます。ある時、ひょっと行いになってしまうのです。

➃ 罪の行いに至っている人だけが罪人なのではありません。みな、➁ ➂ の罪人なのです。そしてその根底に、➀ 神無視の罪があるのです。〔聖書は箇所によって、上のどれか、あるいは2つ3つを指していますが、ある箇所でいう罪がどれなのかは前後関係で読み取る必要があります〕

罪の故に人は不幸になりますが、それ以上に、神に受け入れられないことになり、そのままにしておくと“滅び”に至るのです。

英語の慣用表現に、disruption〔神と分裂〕→ corruption〔魂の朽廃〕→ eruption〔罪の爆発〕というのがあります。また、因果関係で見ても、➀→➁→➂→➃ です。ならば、「➀ 神無視」の解消を図ること(つまり、神を信じ、従うこと)が解決の要点であることが分かるでしょう。

人は代々、罪の体質を遺伝で受け継いでいますから、生まれたままの人は、神を知らず、従って、神から離れて生きようとします。そうすると、罪にまみれ、神から受け入れられず、神の国、神のもとに行くことができません。つまり、救われないのです。

どうぞ、救われるために、自分にとって何が問題なのか、よく掘り下げ、よく見極め、神様の前で悔い改めましょう。

<<前回へ     次回へ>>

正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

この記事が気に入ったら「フォロー」しよう
フェイスブックで最新情報をお届けします
関連タグ:正木弥

関連記事

コラムの最新記事 コラムの記事一覧ページ

主要ニュース

コラム

人気記事ランキング